非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-29
慌しく過ぎた昼食後、美咲は琴葉に部屋へと引きずり込まれていた。
「…と、言う訳で、着せてみたけど、どう? 聡」
部屋から出てくるなり、琴葉は嬉しそうにそう言った。
「あぅ…う…くっ…み、見るな…見ないでくれ」
消え入りそうな声で呟いたのは、『メイド』から『巫女』へと着替え(させられ)た美咲だった。
その手には室内にもかかわらず竹箒が握り締められており、長い黒髪も相まって、非常にそれっぽい雰囲気が出ていた(場所的な違和感は最高潮だったが)。
食後、落ち着いて(と言うより、現実逃避して)漫画を読んでいた聡は、姉の言葉に思わず振り返って、巫女美咲を目の当たりにして、
「う…ぐぁ…(直撃)…いや、いやいやいやいやいやいや!!」
一瞬でもツボにはまってしまった自分に対して、再び激しい自己嫌悪を抱いた。
あれは美咲だ、どんなに巫女服が似合っていようが美咲だ…!! だが、それを踏まえても…アレはアレで…って、違ぁう!! 今のは気の迷いだ!! …と、聡は内心穏やかではなかった。
「…先輩」
妃依は、じっ…と、蝿を見るような目で聡を見つめた。
「うおあぁぁ!! 違う!! 見てない!! 俺は何も見てはいない!!」
聡は雑念を追い払うかのように頭をブンブンと振りかぶり、手で目を押さえて主張した。
「…今、じっくりと見てたじゃないですか…十秒位」
「急所に当たった!! 効果は抜群だ!! 弟様のボルテージが上がった!!」
マイクを持っている様なジェスチャーを交えて、ヘクセンは実況した。
「あ、上がってない!! 変なナレーションを入れるな!!」
「…はぁ…十分、上がってるじゃないですか…」
「美咲、どうやら好評みたいだから、今日はその格好のままで過ごしなさい」
まるで他人事の様に(他人事だが)、肩をすくめて、さらっと言った。
「しっ、しかしですね…この様な格好では…」
当然、皆に見せた後はすぐ着替えられるものだと思っていた美咲は狼狽した。
「あら、雇われメイド風情が、雇い主に口答え? フフ…これは笑えるわね」
そう言う琴葉の目は全く笑っていなかった。美咲(と言うか琴葉以外全員)の背筋に冷たいモノが奔った。
「いっ、いえ!! 私はこれで満足しています…!! おお、巫女服とは何と快適で動きやすい仕事服なのだろうか!!」
捲くし立てるように言って、手に持った竹箒で、しゃっしゃっ、と足元を払う。
「そう、なら、良いのだけれど」
事も無げに呟き、微笑む。
「あ…う…頑張らせていただきます」
これならば見ず知らずの人間の方がまだ気が楽だ…と、美咲は肩も頭もがっくり落として、心の中で嘆いたのだった。
「しかし、アレだな。遊佐間の部屋は…ムダに広いな。悪く言えば殺風景だ。趣味らしきものが見当たらない」
急に『遊佐間の部屋を見せてくれないだろうか』と控えめに頼んできた美咲に対して、『まあ、いいけど』と快諾した聡が部屋を見せてやったところ、暫く部屋を観察していた美咲から、そんな感想が飛んできた。
「うるさいな、仕方ないだろ、まだ引っ越してそれほど経ってないんだし…それに、引っ越すべき荷物は全部吹き飛んじまった訳だし…ああ、俺のゲーム…」
もし家が吹き飛ぶと分かっていれば、部屋にあった未クリアのゲームだけでも救出していただろう。今となっては後の祭りだったが(ちなみに箪笥の奥のアレやコレはこっちに来てからのコレクションである)。
「…ベッドも大きいですしね…ヘクセンさんと二人で寝ても、丁度いい位なんじゃないですか」
同じく部屋の観察に来ていた妃依が、意地悪く呟く。
「なっ…!! ど、どうしてそれを…!?」
「…ヘクセンさんからそれと無く」
「ほう…メイドさんと毎夜を共に…か…ぅむ…」
言いながら段々と顔を俯けてゆく美咲。髪に隠れて表情は見えないが、頬は朱に染まっている。
「おかしな想像をするな!! 誰があんなのに手を出すか!!」
「…じゃあ、どうして、一緒に寝てるんですか」
「え? あー…そう言われると、何と言っていいのか…」
実際、習慣だと思っているので、最初はどうあれ、今では特に気にしていなかったのだ(何を言ってもヘクセンは退かないので、諦めるしかなかったのだが)。