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非線型蒲公英
【コメディ その他小説】

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非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-28


「あのぉ…!! 琴葉様!! 助けてください…!!」
 動かないと死んでしまう、という意思が声になった様な響きで、ヘクセンは苦しげに呟いた。微妙に身体が震えている。限界なのかもしれない。
「あら、動けないの? …まあ、どうでも良い事だけれど」
 撃沈。
「ああ、あああ…!! 冷たい!! この世には心が暖かい人なんて居ないのですねっ…!!」
「…あ、まだ止まってたんですか、ヘクセンさん」
 キッチンから料理(美咲製)を運んできた妃依は、かくれんぼで隠れたまま忘れられていた奴を見つけた時の様な表情で言った。
「『あ、まだ止まってたんですか』って…!! 『まだ止まってたんですか』って…!! ま、マスタァーッ!!」
「…別に、もう、動いてもいいですよ」
「はぁっ…!! あーっ!! 動ける!! ホント!! 動作不良を起こすかと思いましたよ!!」
 ヘクセンは椅子ごと床に倒れて、ごろごろと床を転げまわった。
「騒がしいな…何事だ? …む、こ、琴葉先輩、起きてらしたんですか」
 妃依に続いて料理を運んできた美咲は、琴葉の姿を捉えるや否や、背筋をビシッと伸ばして二、三歩後退った。
「あら…フフ…その格好、やる気の程が伺えるわね」
 メイド服を着こなした美咲を、舐めるように見つめて言った。
「いえ…その、これは」
「そういうの、好きよ」
「は、はぁ…」
 美咲は得体の知れない威圧感を感じていた。とても嬉しそうな琴葉の笑顔が恐ろしい物の様に思えて仕方が無かったのだ。
「…まあ、とにかく、食べませんか、冷めますし」
 妃依は、困り果てた美咲に助け舟を出した。
「そうね、そうしましょう」
 ご馳走を目の前にしているからか、はたまた、美咲でどう遊ぶかを考えているからか――琴葉はどこまでも澄んだ笑顔を浮かべていた。


 聡は例の如く泣いていた。最近では妃依の手料理を食べ続けているため『舌が肥えた』と自称している彼だったが、それを踏まえても美咲の料理は美味しかった。
「美味いよ…うぅ…」
「ど、どうした、遊佐間…」
「…いつもの病気です。放って置いてあげてください」
 妃依は箸を休めずにそう呟いた。妃依にとっても、美咲の料理は素直に美味しかったのだ。
「ねえ、美咲。貴女、巫女は好きかしら?」
 唐突に、琴葉が問うた。
「は? …巫女、ですか? いえ、特に思い入れはありませんが、何か?」
「そうね、別に深い意味は無いわ…フフ」
 実に不吉な笑みであった。
「お嬢さん!! お気を付けください!! 琴葉様がこういった話を振ってくる時は、後でそれを着せようとしている前触れです!! おお!! 何という事でしょうか!!」
「き、着せる? 巫女服を…?」
 美咲自身、同じ様な事を司に対して行った覚えがあるのだが、それをされる側に立たされた美咲は言い様の無い不安に襲われた。
「…巫女服ですか…聡先輩が喜びそうですよね…袴とか」
 妃依は、本人を目の前にして、わざとそういう言い回しをした。
「うっ…ひよちゃん、まだ覚えてたのか」
「…否定、しないんですね」
 聡の心にその言葉がぐさり、と言うより、ぶっすりと刺さった。
「ぐっ…」
「…図星だから、否定、できないんですか」
「そっ、それは…ぅ…違う」
「…そんなに好きなんですか、巫女さんの袴」
 精神的な意味で、聡は重傷を負った。きっと、一生消える事は無いだろう。
「くぁ…すっ…好きさ!! 嗚呼!! 好きさ!! 大好きさ!! 俺は巫女さんが大好きさ!! 袴が大好きさ!! 畜生!!」
 声を大にして魂の叫びを声に乗せている彼は、聡であって聡ではなかった。追い詰められた果てに、新しい次元に到達した彼だった。
「遊佐間、お前…遂に、オープンな人種になってしまったのか…終わりだな」
 残念そうな表情で首を左右に振りつつ、美咲は呟いた。
「…ちょっと、傷をえぐり過ぎてしまったみたいですね…すいません、反省してますから、正気を取り戻してください」
 大暴露をやらかした後、人生最大級の自己嫌悪に陥った聡がベランダから身を投げようとしているのを、妃依が必死に止めながら懇願するようにそう言った。
「うああああああああああっ!! 俺なんか!! 死んでしまえ!! 俺の馬鹿ーっ!!」
 街中に響き渡ったその声は、どこまでも哀愁が漂っていた。


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