非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-27
「お、結構うまいぞ、これ」
「そ…そうか?」
不意を突かれた美咲は、柄にも無く照れてしまい赤面してしまった。微妙にいい雰囲気だった。
そんな二人の後ろから、強い意志のこもった咳払いが響く。
「…お腹、すきました、ね」
一言一言が身体をえぐる様な鋭さを持つ言い方だった。比率的には聡9:美咲1といった感じの指向性である。
「くはっ!! ちっ、違う、私は何も…!!」
美咲は、ばっ、と後ろへと飛び退り、妃依に手を振って抗議する。
「ごごごっごごごごごご、ごめん、ひよちゃんごめん」
聡は半ば本能で謝っていた。理由など二の次だった。壁まで後退り、そのままぺたりと床に座り込んでしまう。
「…フライパンは、私が洗っておきますから、美咲先輩は、続きをどうぞ」
妃依は音も無く立ち上がり、流し台の前までゆっくりと歩くと、視線は虚空を見据えたままで言った。非常識なまでに険悪なオーラが出ていた。
「あ…ああ、解った!! そ、そうしよう…」
美咲は慌てて無意味に鍋のふたを開け閉めした。その後も、暫くは挙動不審だった。
「はぁぁぁぁ…やな汗かいた…」
よろよろと壁伝いに逃げ出した聡は、居間のテーブルに着くと、盛大に溜息をついた。
「お、弟様…っ!! あのっ、弟様ぁ!!」
まるで『正しい椅子の座り方』の見本の様な格好で微動だにせず座っていたヘクセンが、蚊の鳴く様な声で呟いた。
「ん…? どうしたんだよ、珍しく大人しいけど」
「助けてください…!!」
首すら真っすぐ前を見据えたままで、口も動かさずに腹話術のように呟いた。妃依の命令の所為で全く身体を動かせないのだった。
「いや…俺にどうしろと」
当然の質問だった。
「そ、そうですね!! マスターに、私を自由にするように言ってください…!!」
「無理、それだけは無理」
今の聡に、そんな度胸は無かった。
と、匂いに誘われたのか、琴葉も起き出して来た。徹夜の言い出しっぺがこの様である。無論、文句など言える訳も無かったが。
「ふぁっ…ぁ…お早う、いい匂いがしたものだから、目が覚めてしまったわ…妃依は何を作っているのかしら」
まだ眠そうに欠伸をしている琴葉の胸元から顔を出していたサリィも、琴葉同様に眠そうに目を細めていた。
「ひよちゃんじゃないけどね。昼飯作ってるの」
「ん? 何を寝惚けたことを語っているのかしらね、貴方は。他に誰が居ると言うの?」
「ややこしい事に、親父達が美咲をウチの家政婦として雇ったらしくて、だから今料理してるのは美咲な訳で」
聡は一息でややこしい現状を説明してしまった。かくかくしかじかと言っているのと殆ど変わりない。
「父様達が…? ありそうな、話ね」
これだけで納得してしまう辺りが、流石は姉弟だった。
「でも、どうするんだ? 家政婦って言っても、美咲だぞ?」
考えるまでも無く、ろくでもない事になるのは見えていた。現に今だってひよちゃんの機嫌が悪くなっているし(半分以上が自分の所為だという自覚は無かった)。
「どうして美咲が、という事は置いておくとして、家政婦としてウチに来たというなら、それを有効に活用する手段を考えたいわね」
「あっさり受け入れるなよ…姉さん」
「『臨機応変即ち勝利』と昔から言うでしょう?」
「聞いたこと無いけどな…」
「ともかく、手足として使える人間が増えるという事は、良い事だわ…フフ」
「確かに、俺の負担が減るのは嬉しい限りだ」
ひたすら現金な姉弟だった。