非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-25
「なっ!! なな、何故、宍戸が!?」
当然、美咲も困惑していた。ここは妃依の家では無いはずだ。以前妃依の家には泊まった事があるから、間違い無い。しかも、その他にも部屋の中にはシャブ中の様な表情でぐったりしている聡と、ラフな格好の女の人(メイド服を着ていなかったので美咲には誰だか解らなかった)がいる。状況も不明だった。
「…美咲先輩こそ…どうして、そんな格好で、ここに居るんですか」
「わ、私はだな…今日からこの家で家政婦をする事になってやって来たのだが…部屋を間違えた訳でもないのに、何故宍戸が居るのだ? ここは、誰の家なのだろうか」
美咲はここに来て、依頼主から名字を聞いていなかった事に思い当たった。肝心な部分で抜けているのだ。
「…ここは、聡先輩の家ですけど…家政婦ですか…はぁ…また、どうして…」
美咲が現れた理由を知っても、それを理解は出来なかった。まだ、寝惚けている所為もあるかもしれない。
「何!? 遊佐間の…だと!?」
お互い、かなり混乱していた。それ故、話も微妙にかみ合っていない。
「…あの、とりあえず、コーヒーでも炒れますから…座っててください」
拍子抜けした様な表情の美咲は『ああ…』と呟き、大人しくそれに従った。
「…バイト、ですか」
「そうだ、バイトだ」
美咲がここへと至った経緯を聞いて、妃依はこの状況をようやく理解することができた。
「…でも先輩達から、家政婦を雇うなんて話、聞いたこと無いですけど」
第一、行動に問題があるとは言え、ヘクセンというメイド(の様なモノ)がいるのだ、わざわざ家政婦を雇うとは思えなかった。それに、妃依がこの家に料理を作りに来てから、もう半月以上は過ぎている。彼女なりに妙なプライドもあった。
「そうなのか? ご両親から話を聞いていなかったのだろうか」
「…ご、ご両親って…まさか」
昨日、悠樹の家で遭遇した、あの変な夫婦が脳裏にフラッシュバックしてくる。
「…凄く朗らかな男の人と、元気が溢れてる女の人…ですか」
「そう言われてみれば…確かに、そんな感じの方々だったな…声しか聞いていないが…ん? 宍戸、お前は、遊佐間の両親の事を知っているのか?」
「…ええ、まあ…昨日、会いました」
「何? 日本に帰って来ているのか? ならば何故、わざわざ家政婦など雇う必要があったのだろうか」
「…私に聞かないでください…」
正直、あの夫婦は琴葉先輩以上に理解に苦しむ人達だった。深く考えたいとも思わない。
と、微妙に気まずい沈黙が落ちたその時、
「アアアアアアアアッ!! アーアーアーアーアーッ!! 私は寝てません!! 寝てませんよ!?」
椅子諸共、床に倒れていたヘクセンが、いきなり叫びながら立ち上がった。
「ひぁっ!! あ、ああ、良く見ると…メイドさんではないですか、格好がいつもと違うので解りませんでした」
そう言う美咲の方が余程『メイドさん』な格好をしているのだが。
「おや!? 弟様のお知り合いのお嬢さんじゃないですか…って!! 何ですか!? その格好は!! 私のアイデンティティーを奪い去る様な、エプロンドレスなコスチュームは!!」
「…奪い去るも何も、今のヘクセンさん、メイド服着てないですし」
「じゃあ、今の私は何ですか!? 正体不明のロボットですか!? 警告も無しに破壊されそうな肩書きじゃないですか!! 一体、誰の策略なんですか!! これは!!」
起動して早々、ヘクセンは壊れていた。状況の混乱に油をぶちまけた様な感じだった。
「…黙ってください、ただでさえ混乱してるんですから」
コマンド『黙れ』発令。
「はっ、はい!! …って、あああ!! まだ私、絶対服従してる!! いやあぁぁぁ!!」
「…言い方が悪かったみたいですね、私が『動いてもいい』と言うまで、静かにじっとして座っていてください」
コマンド『命令あるまで待機』発令。
「くっ!! は、はい!! …うぐっ…!!」
ヘクセンは、抵抗空しく命令によって椅子に縛り付けられた。