非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-14
「あー…ヘクセン、とにかく、姉さんを起こして来てくれないか? 料理が冷めるし」
「はい。解りました、弟様」
ヘクセンが、軽く頭を下げ、静かに琴葉の部屋へと向かっていった。
その姿に、聡は思わずテーブルに頭突きをかました。
「おかしい…何だあいつは…従順過ぎるじゃ無いか…」
「…確かに変ですけど…悪気は無いみたいですよ」
「悪い事は何も無いんだけどな…見てて気持ち悪い」
「…それは…私もそう思います…」
と、二人が沈鬱な表情で語り合っていると、
どがぁん!! ずだだだだだだだっ!! がごぉぉぉん!!
爆発音やら銃声やらが混じったような轟音が、琴葉の部屋から響き渡った。
『はぁ、はぁ、何者なの!? 貴女は!!』
じゃきん、と何かを掲げ直す様な音が聞こえる。
『へ、ヘクセンです…お忘れなのですか…?』
恐怖と衝撃で震えた声音でヘクセンが問い返す。
「ね、姉さんも知らないみたいだな…」
部屋から聞こえてくる会話から、聡はそう判断した。
「…というか、何の音だったんですか、今の」
「ああ、それは、知らない方が良いよ…は、はは…」
妙に影がかかった表情で聡が答えた。以前何かあったのだろうか…。
「貴方達、ヘクセンはどうしたというの!?」
部屋から出てくるなり、琴葉は勢い良くそう叫んだ。
「俺達にも解らない」
そもそも、姉に解らない事が、自分達に解る訳が無い。
「そう…恐らく、何かのバグなのでしょうけど、その原因が不明だわ…システムのデバッグは完璧なのだから」
「ただ単に、ぶっ壊れたんじゃないの?」
「それはないわ。壊れても小程度なら自己修復するから。多分、何か、予想外な外的要因が…」
琴葉が真面目な顔で黙々と思考を深めていく。と、
「琴葉様、御食事が冷めてしまいますが…宜しいのですか?」
後ろから急に話しかけられ、琴葉は柄にも無く、ビクッと背を伸ばして驚きを表現した。
「ほ、放って置いて頂戴」
ああ、姉さんもやっぱり不気味に思ってるのか…。
「…あ…そう言えば、サリィが居ませんね」
妃依はテーブルの下も覗き込んでみたが、やはり居ない。いつもなら食事時になるとちょこちょことやって来て『ふなぁ〜』と可笑しな鳴き声で食べ物をねだるのだが…。
『ふなぁ〜…』
場に嫌な沈黙が降り積もる。
「あ…あはははは!! んな馬鹿な!! 俺の聞き間違いだろ…!!」
「…そっ、そうですよね…いくらなんでも、ヘクセンさんの『中』から聞こえるはず…」
「いえ…それなら…確かに、予想外だわ…」
「な、なんでしょうか…皆様…私の顔に、何か…?」
自分の中から猫の鳴き声が聞こえてきた上、全員に注目され、ヘクセンはたじろいだ。
「顔と言うか、腹の中って言うか…」
「…それより、どうしてそんな事に」
「よくも私の可愛いサリィを…出しなさい、いえ、その前に分解するわ」
琴葉の目はどこまでも本気だった。
「わ、私には、何を仰っているのか解りません…!!」
こうしてヘクセンが喋っている間にも、その身体の中からは『みゃぁ〜』だの『ふぅ〜っ』だのと、サリィが鳴き声を上げ続けている。
「面倒な事は嫌いよ…こんな時のために用意しておいて良かったわ」
と言って、琴葉が取り出したのは、四角くてごつい感じの無線送信機だった。その送信機にはボタンが一つしかなく、さらにそのボタンは透明な樹脂で保護されており、押したらとんでもない事になりそうな雰囲気が漂いまくっている。
「アクセス…腹部、全装甲強制パージ」
カチッ、と一気にボタンを押し込む。と、
「ひっ、ひあぁぁぁぁぁぁっ!!」
ヘクセンの腹が取れた。冗談抜きで、ボコッ、と取れた。
にゃうぅ〜。
その中から、サリィがさも『苦しかった』とでも言いたげな声で出てきた。幸いにして無事そうだ。ヘクセンは無事には見えないが。
「ふう、もう、駄目じゃない…馬鹿のお腹の中になんか入っちゃ…」
愛しそうに、拾い上げたサリィに頬を擦り付けながら、琴葉は爪先で軽くヘクセンの取れた腹部装甲を蹴った。
「こっ…琴葉様…!! 私は今まで何を…!! というか、何で私のお腹が取れてるんですかぁ!! 今までにも酷い扱いは数多く受けてきたつもりですが!! 今回のはあんまりですよ!! 気が付いたら分解状態ですか!! 私が人だったら死んでますよ!? うああああああああああん!!」
性格が元に戻っていた。本当にサリィが入っていた所為でおかしくなっていたらしい。