非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-13
帰ってきた二人を恭しく出迎えたのは、メイドの格好をしたロボットだった。
「お帰りなさいませ…弟様、マスター」
帰ってきて早々、玄関口で頭を垂れるヘクセンを目の当たりにして、二人は面食らった。
「だ、誰だ…お前…」
「…ヘクセンさんじゃ、ありませんね」
いぶかしむ二人に、ヘクセン(?)は悲しそうな表情を見せた。
「酷いです…私はヘクセンですよ」
「そ、そんな馬鹿な!! あいつがそんな、しおらしい顔をする訳が無い!!」
「弟様…信じてはくださらないのですか?」
涙まで浮かべてヘクセンが訴えた。
「うっ…」
いつもなら、その破天荒な性格で打ち消されていて気が付かないが、ヘクセンはなかなか綺麗な外見をしていた。それ故、妙な迫力に気圧されてしまう。
「…琴葉先輩がまた、何かしたんでしょうか」
というか、そうとしか考えられない。
「琴葉様は、未だお休みになられています」
ヘクセンが、いつもの彼女なら絶対に発音しないような、しっとりとした声音で言った。
「じゃあ、どうしてお前がおかしくなってるんだよ」
しかも、今回のはいつもと趣向が違いすぎる。彼女を知る二人にしてみれば、はっきり言って、気色が悪かった。
「別段、変わった事はございませんが…私…おかしいでしょうか?」
「い、いや…!! どう考えてもおかしいだろ!!」
本当に困ったようなヘクセンの顔に、聡は一瞬、怒鳴るのを躊躇ってしまった。
「…じゃあ、私、夕食作りますから…」
妃依は、体よくキッチンへと逃げ出した。
「あ…私、お手伝いいたしましょうか?」
ヘクセンが、キッチンへ向かう妃依の背中に向かって語りかける。
「…け、結構です」
妃依は総毛立ってしまった。ヘクセンの表情が気の毒な程に純粋だったからだ。
「そうですか…出過ぎた事を…申し訳ありません」
肩を落として、しゅんとなってしまった。言い様の無い罪悪感が妃依を包む。
「…あ、あの、やっぱり手伝ってください」
「は、はい…!! 喜んでお手伝いさせていただきます」
妃依は思わず目を逸らした。ヘクセンの心の底から嬉しそうな笑顔は、余りに眩しすぎた。
「頑張れ、ひよちゃん…おれはテレビでも見てるから…はは」
軽く手を振って、聡は居間へと向かった。
「…ま、待ってください、先輩」
「ゴメン、俺には無理だ…」
「…う…薄情ですよ…」
妃依は半泣きになっていた。それ程、今のヘクセンは(ある意味)怖かった。
「どうなさったんですか? マスター…御気分が優れないのですか?」
「…か、構わないでください、平気です」
それから夕飯が出来上がるまでの三十分は、妃依にとって地獄のような時間だった。
テーブルに料理を並べる妃依とヘクセンを見て、聡は妃依が妙にげっそりしている事に気が付いた。
「な、何か、やつれたね…ひよちゃん」
「…薄情な先輩の、所為です」
「やはり御気分が…無理をされては御身体に障ります…少し、お休みください、マスター」
ヘクセンが心配そうな顔でそう言った。
「…いえ、大丈夫ですから」
純粋なその気遣いが逆に恐ろしかった。
「なあ、ヘクセン、お前…頭でもぶつけたのか?」
「いえ、その様な記憶はありませんが…何か?」
ヘクセンが『可愛らしく』首を傾げた。
「い、いや…何でもない…ゴメン」
どこまでも澄んだ瞳に見返されて、聡の心が痛んだ。
(お…俺が悪いのか…?)
「お二人とも…御元気が無いように見えるのですが…どうなさったのですか?」
「…それは、こっちが聞きたいですよ…」
二人は、早く琴葉が起きて来てくれる事を願っていたが、こういう時に限って、一向に起きて来る気配は無かった。