非線型蒲公英 =Sommer Marchen=-12
「何でも…結婚を前提にしている、とか、もう子供を孕ませた、とか…」
「…何の話ですか、それ」
「んなぁぁぁぁぁっ!!」
カゴに粗方の食材を詰め込んできた妃依が、不思議そうに首を傾げた。
「ひっ、妃依さん…いつからそこに!?」
「…たった今ですけど…何ですか、結婚とか、孕ませるとか」
「あっ、ああ!! それは、和馬の兄ちゃんが、な!?」
「えっ!? う、うん!! そう、僕の兄さん、手が早くてさ…それで今度、できちゃった婚を…」
この辺は、腐っても幼馴染である。会話のバトンはスムーズに渡った。
「…副部長にお兄さん、いましたっけ」
しかし、あっさり叩き落された。
「と、とにかく、後ろ混んでるから、は、早くレジを済ませちゃいなよ、ひよちゃん」
「…私達以外に、お客さん居ないじゃないですか」
「ああ!! 大変だ、僕もう上がらなきゃ!! だから、急いでレジ打たないと!!」
「…滅茶苦茶ですよ、副部長」
しょせん、幼馴染は腐っていた。駄目だった。
「…別に、何の話をしていたのかを追求はしませんよ」
「そ、そう?」
「…男のヒトですからね…二人とも」
冷ややかに妃依が呟く。
「ち、違うって!! そういう話題じゃないよ!!」
「そうだよ、妃依さん…!! 僕らはそんな…」
「…どうだか」
ふぅ、と、妃依は呆れの溜息をついた。
「…そういう事で、会計、お願いします」
和馬は、無言で商品をレジに通すしかなかった。
「怒ってるだろ、ひよちゃん」
聡は、帰路を急ぐ妃依を呼び止めるようにそう問いかけた。
「…別に…怒る理由がありません」
実に素っ気無い。これが怒ってなくて何だというのか。
「さっきの話」
重たい買い物袋を両手にぶら下げ、聡はやや早足で妃依の後を追いつつ言った。
「…先輩がいやらしい事は、前々から知ってますし」
「だ、だから違うってば!!」
「…じゃあ、何の話をしていたんですか」
振り返って、妃依が半眼で見つめてきた。視線が痛い。
「あー…それは…」
言葉に詰まる。正直に話すのは流石に躊躇われた。
「…やっぱり、そういう話だったんですね」
再び背を向け、妃依は歩き出した。
「ひよちゃんと…俺が、同棲してるんじゃないか…って話だよ」
その言葉に、妃依は立ち止まった。
「…な、何ですか、それ」
「いや、それが…沙華ちゃんがそういう噂をしてるって」
「…確かに…沙華ちゃんならそういう話しそうですけど」
一瞬、二人の間に沈黙が降りる。
「まあ実際、半分はそんな感じだし」
「…完全に開き直りましたね」
「それに、元を糺せば姉さんの我が侭の所為だしなぁ」
あの姉に原因の一端がある事には、疑う余地は無い。
「…それはそうと、それがどうして『結婚』とか『妊娠』に発展するんですか」
「さ、さあ…それは沙華ちゃんにでも聞いてみないと」
「…はぁ…結婚…かぁ…」
妃依が、俯き加減で小さく呟いた。
「ん? どうしたの、ひよちゃん」
「…い、いえ…何でもありません」
「そう…? って…あぁっ!! まずい、そろそろ姉さんが起きるかも!!」
時刻は八時過ぎ。腹を空かせた姉の恐ろしさは身に染みて解っているので、自然と駆け足になっていた。
「…あ、待ってください…」
先程とは順番が入れ替わり、二人は人気の無い帰路を急いだのだった。