祈り-3
「なんやねん祐子はフグみたいな顔して。鮮魚売場でおろしてもらうか?――――あ、それより真ちゃん、あんたにお客さんや」
そのまま漫談モードに突入しそうな高村だったが、急に要件を思い出したらしい。
「―――は?僕に、ですか?」
思いもよらぬ話に、きょとんとなる。
自分が転職したことを知っている人間はまだそんなにいないはずだ。
しかもわざわざ訪ねてくるような人物など全く心当たりがなかった。
「すんごいべっぴんさんの姉ちゃんや。―――嫁さんの妊娠中に浮気はまずいでぇ?なあ?祐子も女としてそう思うやろ?」
悪気は全くないのだろうが、ほとんどコントのような高村の的外れ発言に、祐子はカンカンに怒った顔をしている。
しかし三田村のほうは、美しい女性という言葉に激しい胸騒ぎを感じていた。
藤本あいりの顔が鮮明に頭に浮かんでいた。
あの夜、たった一度あいりを抱いた瞬間から、三田村の中の性欲は燃え尽きてしまったようになっていた。
EDというわけではなく、その気になれば慶子を抱くことは出来たし、溜まるものが溜まればそれなりに自慰もする。
しかし、あいりに対して感じたような狂おしいほどの性的欲求を、他の女に感じることが全くなくなってしまったのだ。
「すぐ呼ぶって言うたんやけど、仕事終わるまで駐車場で待つ言うて。今第二駐車場のほうで待ってるしな。早よ行ったりや」
「は……はい。わかりました」
「このことはワシと祐子だけの秘密にしといたろな?な?祐子」
高村はニヤニヤと意味深な笑いを浮かべながら祐子の肩をポンポン叩いたが、祐子は凄い形相で三田村を睨みつけている。
「こんな時間に、奥さんおる人に会いにわざわざ職場まで来るなんて………その女、非常識やわ!」
自分も熱心に三田村を誘っていたことは棚に上げ、精一杯の悪態をつく。
「うち―――帰る!」
くしゃくしゃに握りしめていたエプロンをパッと肩にかけて、祐子はぷいと歩き出した。
「――おいおい、なんやねんお前はプリプリと!真ちゃんに気でもあるんかいな」
鈍いのか鋭いのかわからないような突っ込みをしながら、高村が祐子の後を追う。
三田村も慌てて鞄を取りに事務所へ向かった。