カオルB-8
「そんなに嫌なら、家で勉強すればいいじゃない?」
彼には解らなかった──何故、辛さに耐えてまで勉強に勤しむのかが。
そんな弟の心情に触れ、真由美は表情を弛める。
「アンタもそのうち分かるけど、1人でやれるほど甘くないのよ」
その口ぶりは、自分に云い聞かせているようだ。
「そう。そんなに大変なんだ…」
「まあね」
薫は、姉の言葉の中にある“一種異様さ”を感じた。表情や物腰はいつも通りなのだが、何故かそう思えたのだ。晋也も須美江にも解っていない、彼だけが気づいた。
薫は合宿のせいだと思い、深く考えなかった。
「そういえば、アンタが合宿に行ってる間にね…」
食事中の話題が一転した。
「薫が、今日からバレーボールを習ってるのよ」
「ええっ!薫が」
真由美の口から奇声が挙った──合宿の不満なんか消えてしまう。それほど突拍子もない出来事だった。
「近所のお母さんから誘われててね。この子に云ったら承知してくれたのよ!」
「へええ。この子が…」
物心ついてからこっち、弟がスポーツをやる姿など見たことない真由美には、にわかには信じられない。そんな娘を置いてきぼりにして、須美江は嬉しそうに話を続けた。
「結構、才能ありそうなのよ」
それは、島村直樹とストレッチを終えた後の事だった。
「違うって!」
見よう見まねで、レシーブをする薫に直樹の厳しい声がかかる。
「両手を指ごとに組むなって。そう組むと時間掛かるし、左右で高さが合わせづらいんだ」
直樹は、握った左手に右手をかぶせて薫に見せる。
「これで親指を真っ直ぐ伸ばすと、腕も平行になってボールコントロールし易くなるから」
「う、うん」
「伸ばした腕はそのままで、腕じゃなく膝の曲伸でボールを押し出す感じで」
云われるまま直樹の投げるボールを受けていると、最初は大きく外れていたのが、次第に狙ったところに返せるようになってきた。
「ヨシ!じゃあ、次はオレが打ったボールを受けて」
こうして、島村直樹による基本練習を行った結果、パスやトスの具合もだいぶ様になってきたのだ。
その様子を見た座間が、付き添いの須美江に「薫くん。才能ありますよ」と伝えたのだ。
話を聞いた真由美が口を開く。