カオルB-4
「そういえば、お姉ちゃん。変なこと云ってたよ」
「変なこと?」
晋吾と須美江の目が、薫に注がれた。
「ボクに“あんたはお母さん似だけど、わたしはどっちに似たんだろう?”って…」
その瞬間、張りつめた静寂が辺りを覆った。団らんの雰囲気は、どこかに消え去った。
もちろん、この異変を薫が気づかぬハズもない。
「……どうしたの?」
問いかける息子に、母親は取り繕う。
「…そ、それよりもね、アナタ。薫がね、今度、バレーボールを習うことになって」
父親も、声に合わせて反応するが、口調が狼狽えている。
「そうか薫!いつから始めるんだ?」
笑顔をふりまく両親。
だが、薫には、異様さしか映らなかった。
夜10時。
「まったく…初日からこれじゃ、たまんないわ」
真由美は、用意された布団にくるまり悪態をついた。
朝10時に始まった講義は、昼食をはさんで夜8時まで達し、昼食も夕食も、揚げ物メインの仕出し弁当のみ。
その上、風呂はシャワーだけで寝るのは大広間にザコ寝とくれば、真由美でなくても文句のひとつも云いたくなる。
「そんなに悲観しなさんなって。明後日には解放されんだからさ」
そう云ったのは谷口ひとみ。真由美のクラスメイト。合宿参加者の中では、一番の理解者だ。
「それよりもさ。終わった後にどこ遊びに行こうか考えれば?」
落ち着いた口調は、真由美よりも大人っぽく見える。5歳上の姉がいるから、そうなったのだろう。
「悪いけどさ、ひとみ。わたし、そんな暇無いんだ…」
真由美は友人であるひとみを、一方では敬愛し、一方ではうとましく思ってきた。
今は後者の方だ。
「わたし、〇〇高狙ってるから。そんな悠長なこと、いってられないんだ…」
友人の厳しい表情を、ひとみは柔らかく受けとめた。
「だったら、なおさらだよ。“緊張した糸は切れ易い”って云うでしょ」
彼女はそう云うと、
「それって、親に云われてんの?」
急に真面目な顔になった。途端に、真由美は奥歯を噛んだ。