カオルB-10
「お姉ちゃんが合宿に行った朝、お母さんの手伝いをしてたら云われたんだ」
「お母さんが?アンタに」
「…ほ、本当はイヤだったけど、“お友達が出来るから”って」
真由美には、俯く弟の表情が哀れに見えた。
「ところで、わたしの部屋に来たのは、それだけ云いにじゃないわよね?」
話題を変えた途端、薫の顔が上気した。
「わたしの服が着たいのよね?薫」
姉の侮蔑を湛えた眼で見すくめられ、弟は俯いた顔をただ、頷いた。
「わかったわ…」
真由美は、小さくため息を吐いた。
そして立ち上がると、自らのクロークから1枚のワンピースを取り出した。
「去年、買ったんだけど、あまり着る機会がなかったの」
淡い色のワンピース。袖と切り返しの部分にギャザーが施してある。最初は気に入って買ったんだが、何となく着なくなった。
「それ…何で着なくなったの?」
薫が聞いた。
「それ、すごく似合ってたのに」
「もう子供っぽいのよ」
確かに、最近の真由美は、少し濃い目のプリント柄やデニムを好んで着ている──色黒の自分に映えるからと。
だが弟としては、以前の服の方が似合ってると思えていた。
「あの…」
薫は何かを云いかけたが、
「それよりも、パジャマ脱ぎなさいよ」
「あの…お姉ちゃん?」
「早くしないと、明日から学校よ」
姉に遮られてしまった。
仕方がなくパジャマを取って、シャツを脱いだ。
真由美の目が、薫を捉えた。その時、彼女の頭に谷口ひとみから見せられたマンガが浮かんだ。
(何か違う…)
中性的な雰囲気を持つ弟が、下着1枚で立つ姿に違和感を感じたのだ。
「薫、ちょっと待ってて」
真由美は、再びクロークに向かった。今度は引き出しを開けて何やら物色している。
「お姉ちゃん…」
薫は身震いした。5月とはいえ、夜は冷えるからだ。
「あった!あった」
真由美が笑顔で振り返った。彼女が手にしてたのは、真新しいショーツだった。