華麗なる逃亡日記 〜A reminiscent talk〜-1
その日、穂沢美奈はあてもなく町をブラついていた。
しかし、今日は休日ではない。平日、しかも午前中である。大抵の学生は、学校で勉学に勤しんでいるはずの時間だ。
当然、道行く人々の中に学生らしき人影は見当たらない。もっとも、少し田舎なこの辺りには、見かける歩行者自体が少ないせいもあるのだろうが。
そんな、人も車も少なく、静かな時間が美奈は好きだった。学校をサボっておきながら不謹慎だとは思うが、ほっとする。
「たまにはこんなのもいいかも…」
思わず呟いてしまった。だが、周りにそれを気に留める人は誰もいない。
美奈は、友達と賑やかに過ごすのが好きだが、今日は静かなほうが心地よかった。
そんなことを考えながら、あてもなく歩き続けていると、前方から見知った人影が走ってくる。同じクラスの御幸祐仁である。
御幸は、彼にしてはめずらしく、学校に遅刻しそうな学生の、十倍は必死な様子で走ってきた。だが、必死な様子にも関わらず、走るのは遅い。
正直な話、あまり関わりたくない。
常にトラブルを起こしている御幸が、あんなに必死になっているのだ。もしも見つかれば、逃れようのない強制イベント開始で、確実に厄介ごとに巻き込まれる。
それだけは絶対に避けたい。美奈はくるりときびすを返すと、足早にその場を立ち去ろうとする。
「あっ!そこに見えるは穂沢さん!」
だが現実という物は時に残酷だ。美奈の必死の願いも虚しく、御幸の声が静かな住宅街に響きわたる。
美奈は物凄く泣きたい衝動に駆られた。実際、その瞳の端には光るものが一雫。
しかし、そんな悲劇のヒロイン的な表情も一瞬。ベテラン女優も真っ青な速さで冷静な表情になると、今の状況で実行できる最善の策を模索する。
あからさまに困っている人をほっといて逃げるのは、人道的にどうかと思う。
しかし相手はあの御幸だ。一般論に従う必要はなさそうだ。なにより、厄介ごとに巻き込まれたくはない。
そんな理由から、結論は力の限り逃げる、に決定した。
方針が決定したからには、一秒すら惜しいので即実行。御幸に背を向けたまま、勢い良く駆け出す。
「ああっ!?穂沢さん、なぜ走りだす!?」
後方で御幸が悲痛そうな叫びをあげたが、それすらも今の美奈には加速する理由でしかない。だが、
「おぉ〜い、待ってくれぇぇえ!」
振り返ると、さっきよりも、さらに辛そうな表情をした御幸が追い掛けてきている。その表情は必死を通り越して、今すぐ死にそうな感じだ。
しかも、走る速度も明らかにさっきより速くなっている。
「ちょっと!何で追い掛けてくるのよ!」
「な、何でっ、て、穂沢さん、が急に、に走りだした、から!」
「私はあんたが追い掛けてくるから走ってんの!」
「じ、じゃあ、止まるから、穂沢さんも、止まってよ!」
「イヤ!止まったら捕まるもん!」
「い、いや、だ、からさ…」
「とにかくイヤ!付いてこないでよ!」
お互い、まったく話が通用しない。
通りすがりの人から見れば、さぞかし不思議な光景だろう。
真っ昼間から真剣な顔をした学生が二人、追い掛けっこをしているのだから。しかもかなりのスピードで。
「くっ…」
「てゆーか、あんた、死にそうよ!苦しいんでしょ!苦しいなら止まりなさいよ!」
「に、逃げない…で、待っ…」
「まだ言ってる!絶対に待たない!」
ここまでくると、お互い妙な意地が生まれてくる。
追うものは相手を捕まえるため、追われるものは相手に捕まらないために。それだけのために、それぞれ理屈ではなく意地で走り続ける。
当然、事態の原因などは、すっかり忘れ去られていたりする。
「い、いかげん、諦、めたら、どう!?」
「逃‥‥‥」
「だ、だから!イヤ、なもの、はイヤ!」
「‥‥‥」
すでに御幸に口をきく体力は残っていないようだ。それでも、まだ付いてきているあたりがすごい。
だが、疲れてきたのは美奈も同じだ。息が上がってきている。
「はぁ、はぁ、いい、加、減にし、ないとほ、本当に、し、死ぬわよ?」
ドシャッ。
「?」
走りながら音の方を振り返ってみると、御幸が歩道の真ん中で倒れていた。
そのまま逃げ続けようかとも思ったが、さっきの表情を考えるとまさかの事態もないとは言い切れない。
急いで駆け寄ると恐る恐る声をかける。
「お、おーい…?」
「‥‥‥」
「生きてる〜?」
「‥‥‥」
返事はない。まさか本当に…?
「ち、ちょっと!まさか死んでるの!?えーっと…こんな時は……そうだ!」
何か思いついた様子でしゃがむと、倒れている御幸の頭に手を乗せる。