華麗なる逃亡日記 〜A reminiscent talk〜-6
「まだやるのか?見上げた根性だな」
「‥‥‥」
さっきの一撃で大したことないとわかったのか、男は余裕の表情だ。だがやはり御幸は無反応だ。
やがて拳撃の間合いに入る。だが御幸は足を止めない。
そのまま、殆どくっつきそうなぐらいまで近付き、
「‥‥‥‥パ〜ンチ」
風が吹いたら消えそうな声で言った。
だが、威力はそれよりも弱々しい。卵すら潰せなさそうだ。
そして体力を使い果たしたのか、そのまま倒れこむ御幸。
「‥‥」
「‥‥‥」
沈黙そして静寂。
「‥‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥‥」
「兄貴!本当に豚が空を…!」
ややあって静寂を破ったのは気絶していた片割れだった。
「あれ?なんか…」
弟分(兄貴と呼ぶからには、そうなのだろう。きっと)はその場の空気の異質さに気付いたらしく、うろたえ始める。
「あっ!さっきの可愛い子!」
やがて、美奈に気が付いた弟分が声を上げる。
それをきっかけに現実に戻る二人。
「そう言えば貴様もよくも見せ付けてくれたな…」
「え?」
どうやら今度は美奈に怒りの矛先が向かったらしい。
男は無造作に美奈に近づくと、肩を掴もうと一歩踏み込む。
だが美奈は一歩下がり、手が空を掴む。
男がまた一歩。美奈もまた一歩。
それを何回か繰り返すと、男はだんだん目に見えて苛立ってきている。だがそれでも掴めない。
「なぜ…なぜ今一歩で届かない!?触りたいのに触れない!」
「さ、触るって…もっと別の言い方できないわけ!?」
なんとなく言い方が変態っぽくて、ついツッコミを入れてしまう美奈。
「こうなったら最後の手段だぁ!」
最後の手段、と聞いて警戒する美奈。どんな手でくるかわからないので、油断せずに構える。
「おいヤス!おまえも手伝え!」
「へ、へい兄貴!」
そう言うと、弟分もとい、ヤスも追い掛け始める。美奈は、ヤスっておい…それが最終手段?と思いながらも再び逃げ始める。
だがさすがに多勢に無勢。しばらく走り回るうちに、前後から挟まれる形になる。
「へへへっ、これで終わりだな。お穣ちゃんよぉ?」
「さぁ、さっさと観念して捕まりな」
言いながらにじり寄ってくる二人。傍から見れば、二人がかりで女子高生を襲う変態以外の何物でもない。
そんなことを知ってか知らずか、同時に飛び掛かる二人。だが美奈はまったく焦っていない。弟分と向き合うと、その腕を掴み、自分のほうに思いっきり引き寄せる。
「うわっ!?」
そして、前のめりになって地面に倒れる直前の弟分に足を掛けると、それを踏み台にして一気に跳ぶ。
その衝撃でさらによろけた弟分は、目の前から迫る兄貴分と顔面から正面衝突。勢い良く倒れこむ。
「ぐぇ!?」
「あが!?」
美奈は振り向くと、倒れている二人に近づく。弟分の方は辛うじて意識があるが、兄貴分は完全に気絶していた。その弟分に笑いながら声をかける。
「なにか言うことはある?」
それだけで弟分は全てを理解して、
「…俺を踏み台にした!?」
とだけ言い残すと、安らかな表情で気を失った…。