華麗なる逃亡日記 〜2nd escape〜-1
暗い。どこかはわからないが、ただひたすらに暗い。正しくは、暗い気がする。もともと周りが黒一色なだけかもしれない。
僕はなぜ此処にいるのだろう?
闇から答えはない。しかし、現実とは思えない闇は、不思議と不快ではなかった。むしろ、どこか心地よい、体中の痛みが和らぐような…
…痛み?なんで体があちこち痛いんだ?
不意に、少しづつ戻ってくる現実感。
だが痛みの原因はわからない。わかるのは頭や体の細胞一つ一つが、何かを思い出すのを拒絶していることだけだ。
だが、そんな本能の抵抗も虚しく、現実感は加速度的に増していく。
そのとき、どこからか、場違いな電子音が流れてきた。
「はうぉあ!?」
そのおかげで、完璧に戻る現実感。
周りを見ると、どうやらここは教室の後ろの隅のようだ。
それだけで僕はすべてを理解した。
どうやら、昼休みが終わったあと、気絶した僕は、美奈によってここに放置されたらしい。
…てゆーか、なぜ、みんな普通に授業を受けてる!?僕を起こそうとしない!?
理不尽な待遇には慣れていると思ったが、ここまでひどいと、さすがに泣けてくる。
いつのまにか、僕を現実に引き戻した電子音は止まっていた。
どうやら、目の前、一番後ろの席で、寝ていた男子の携帯が鳴っていたようだ。
教師は、寝ていたことと、携帯のことで生徒を怒っている。僕には目もくれずに。
…あぁ、先生いたんだ…っておい!先生までシカトかよ!
痛みで起き上がれない僕は、心の中で叫ぶ。
だが、周りの異常な無関心さに、突然いやな想像が広がる。
…僕、死んでる?
第六感とかいう映画で、こんな設定のキャラがいたような…
背筋に悪寒が走る。そう考えると、この状況もむしろ自然だ。
…まじすか!?誰か気付いてよ!
口からは呻き声しか出なかったが、諦めきれないで、あがき続ける。
だが、その呻き声すらも、チャイムにかき消されてしまった。
授業が終わった生徒達は、楽しげに談笑し始めている。時折目線を感じる気がするが、たぶん気のせいだろう。
一人で絶望に肩を震わせ涙していると、頭上から聞き覚えのある声が。
「あの、鈴村くん、大丈夫?」
緩慢な動作で上を見ると、誰かの足が。それを辿って視線をあげていくと、スカートとさらに…
「うわっ!?」
「きゃっ!」
痛みも忘れて、慌てて飛び起きる。今日はやけによく見れる日だな…
じゃなくて!自分の不純さを戒めつつ、声の主を見る。
「…冬月…さん?」
「大丈夫?昼休みからずっと起きないから心配したよ?」
「心配?僕なんかのために!?」
声の主は、冬月凛ちゃんだった。なんて優しいお言葉。魂まで救われたような気分になる。
「うん。教室に死体があったら、授業に集中できないから」
美しい天使の微笑みのまま、刄の一言。
ぐはっ!精神面に大打撃!力なく頭を垂れる。
「そ、そうだよね…。あ、あはは、は」
「そうそう。死ぬなら余所にしてね?」
おかしい。あの凛ちゃんがこんな事言うわけ…
「御幸くん!声真似でしゃべらないで!」
再び顔を上げると、蝶ネクタイをもった男子が。まさか…
「ねぇねぇ、すっかり騙された?」
凛ちゃんの声だ。だが、明らかに目の前の男子が喋っている。
「み、御幸…」
「あははっ、世界の最後!みたいな顔してどうした?」
今度はちゃんと男子の声だ。
こいつの名前は御幸祐仁。かなりの変り者だ。
「御幸くん…また、変な発明品…?」
「むっ。変な、ではない!だけど、確かに今のは新しい発明品、その名も『すーぱー変声くん』だ!」
そういって、手に持った蝶ネクタイを誇らしげに掲げる。
「こいつを通せば、老若男女、どんな声でも再現可能!見た目はただの蝶ネクタイでこっそり持ち運べる!まさに世紀の大発明!」
「…お前は、見た目は子供、頭脳は大人の探偵か…」
こいつは高校生とは思えないほどの発明を日々作り出している。さっきのも、それを利用したイタズラのようだ。
「もう、そうゆうイタズラはやめてよね!鈴村くんも困ってるじゃない!」
「おー、恐い恐い。じゃあ、お邪魔虫は消えようかな。鈴くん、あとは頑張れよ」
言うが早いか、教室から逃げていく。