華麗なる逃亡日記 〜2nd escape〜-4
何かが右手に触れている。暖かく、柔らかい何かが。それと、背中が冷たい。
どうやら、床で寝転がっているらしい。ということは、まだ体育館か?
どこからか、次第に遠ざかっていく足音が聞こえる。
「御幸、美奈?」
慌てて起き上がるが、凛ちゃん以外は誰の姿もない。
その凛ちゃんも、隣で寝息をたてている。寝顔は正に天使だ。
時計を見ると、六時半を過ぎたところだ。この時間に体育館に人がいないのはめずらしいが、たいして気にならなかった。
そこでようやく、右手に触れているものに気が付いた。それは、凛ちゃんの体の以外に大きな…
慌てて引っ込める。気を失う前は左手を凛ちゃんと繋いでいたから、誰かが左右を入れ替えたようだ。
たぶん御幸だろう。相変わらず、行動が理解できない。
「んっ…」
「あ、冬月さん、大丈夫?」
「あれ?御幸くんと穂沢さんは?」
「あぁ、起きたらもういなかったよ」
「そっか‥‥」
「‥‥」
沈黙が辺りを包む。その中で、僕は凛ちゃんに謝るべきだと気付いた。
「あ、えっと、ごめんなさい」
「え…?」
「今日は迷惑ばっかりかけちゃって…」
「ううん!そんなことないよ!」
右手を胸の前で大事に包むようにしてこたえる。
「でも…」
「男の子が細かいことをうじうじ言わない!私は迷惑だなんて思ってないの!」
「…ありがと」
「…ねえ、感謝するなら一つだけお願い聞いてくれる?」
「うん。いいよ」
「…また、名前で呼んでくれる?」
「え…また?」
「さっきも呼んでくれたでしょ?」
まったく記憶にない。だが、それ位ならできないこともない。
「わ、かった」
「約束だよ?」
どうやら、明日からまた騒がしくなりそうだ。
…彼らが目覚める数分前。入り口付近に二人の影が。御幸と美奈だ。
「部活の連中を追い出して、二人きりにしてやるなんて、君らしくないね」
「…今日は…私の負けだから…」
「‥‥‥」
「わかってたもん。だから…」
「…本当に、君らしくないね…」
「‥‥‥」
美奈は黙って、寝ている二人、その手をみつめていた。
「…泣きたいなら、俺でよければ胸を貸してやろうか?」
「‥‥‥」
「‥‥‥」
「‥‥ふふっ‥‥バカじゃないの?」
「はははっ、それでこそ君だ。さぁ、彼らが起きる前に邪魔者は消えるとしようか?」
「…うん。そうしよっか…」
言いながら、すでに歩きだしている。後ろで誰か起き上がったようだが、決して振り返らずに。しかし心の中で叫ぶ。
『次は、次こそは絶対に負けない!』
…拓巳の平穏な日々は、まだまだ遥か遠くにあるようだ…