慶子-1
R町に向かうタクシーの中で、三田村は苛々しながら携帯電話のリダイアルボタンを押していた。
「……やっぱり繋がらへん……」
慶子から、R町の居酒屋に来て欲しいという留守電が入っていたのが、今から1時間以上前。
いつも仕事で疲れている三田村の睡眠を妨げないよう、メールを送る時間にまで気を配ってくれている慶子が、こんな時間にいきなり呼び出すというのは、よほどのことなのだろうと思う。
着信に気付いてからずっとかけ直し続けているのだが、呼び出し音が鳴るばかりで留守電にも切り替わらない。
携帯の画面に数分おきに並んでいる発信履歴は、既に十件を越えていた。
「……なんで出ぇへんねん」
間の悪いことに、携帯のバッテリーが切れかかっている。
三田村は、舌打ちしながら頭を掻きむしった。
慶子が仕事で大阪からこちらに来るという連絡は、数日前にもらっていた。
しかし今回は会社の先輩たちに同行しての出張になるため、会う時間は全くとれそうにないという話だったのだ。
もし状況が変わったにしても、こんな呼び出し方は慶子らしくない。
「……絶対おかしいわ……」
確認のためにもう一度留守電を聞き直してみる。
『真ちゃん―――急にごめん』
遠慮がちな、か細い声。
『今……R町の……アゴラっていう居酒屋さんの2階にいるんやけど……もし…仕事終わってたらでええし……来てもらえへん……かな?』
その口調から、三田村に迷惑をかけてしまうことをひどく心苦しく思っているのが伝わってくる。
『……ほんまに忙しかったら…ええんやけど……今先輩にしつこく絡まれてて……あの……』
『――慶子ちゃん!何やってんねん!ゲームの続きやるで!』
心細げな慶子の声を、関西弁の男の声が掻き消すような形で、メッセージはぷっつりと切れていた。
アゴラの2階は、確か個室になっていたはずだ。
「……何やってんねん……」
つい今しがた、坂田会の異常な状況を目の当たりにしたばかりの三田村には、男が言った「ゲームの続き」という言葉が気になって仕方がなかった。
「……絡まれてるってどういうことや」
薄暗い居酒屋の個室の中で、たくさんの男たちに囲まれて、慶子が何か卑猥なことをさせられているのではないか――。
そんな嫌な想像が急速に頭の中に広がっていた。
夜遊びなどほとんどしたことがない真面目で純粋な慶子。
エスカレートしていく先輩たちの要求に逆らうことが出来ずに困り果て、すがるような気持ちで自分に助けを求めてきたのではないか。
そう思うとひどく気が焦った。
アゴラに直接電話して、店員に様子を見に行くよう頼もうかとも思ったが、慶子達が会社の名前で部屋をとっている場合、確信もないのにあまり妙なことをいうわけにもいかない。
『とにかく……俺がはよ行ってやらな……』
携帯電話をギュッと握りしめて目を閉じた瞬間―――坂田のマンションに残して来た藤本あいりのことが頭を掠めた。
本当に、彼女を置いてきてもよかったのだろうか―――。
下着を奪われ、アイマスクをつけられて怯えていたあいりの姿を思い出すと、胸が痛んだ。
『………いや。あいりちゃんは……大丈夫……なはずや……』
湧き上がってくる罪悪感を振り払うように、三田村はそう自分自身に言い聞かせた。
今から数十分前――――。
坂田のマンションのエレベーターホールで、三田村が慶子に何度も電話をかけ直していた時、部屋の中ではあいりの罰ゲームの準備が進められようとしていた。
坂田たちがどれほどの内容の罰ゲームをするつもりなのかはわからなかったが、三田村がいなくなれば、坂田と上野にとって好都合であることは間違いなかった。