坂田会-4
早足で辰巳のいる靴売り場へ向かう。
怒りのあまり指先が奮えているのが自分でもわかった。
靴売り場にヅカヅカと入っていくと、一番奥の紳士靴のコーナーで、辰巳が発注台帳のチェックをしているのが見えた。
そのいかにも涼し気な表情がますます三田村を苛立たせる。
「……辰巳っ!」
三田村は周囲の客の目を気にすることすら忘れて、いきなり辰巳の胸ぐらをつかむと、バックルームに引きずり込んだ。
「……な……なんだよっ……」
辰巳は、怯えたハイエナのような卑屈な表情で三田村を見ている。
三田村は何も言わずに、いきなり辰巳の頬を拳で思いっきり殴りつけた。
大柄な辰巳の身体は意外にあっけなく吹っ飛び、置いてあったカゴ車にぶちあたって大きな音をたてた。
その拍子にポケットから携帯電話が飛び出して、床に落ちる。
三田村は素早くそれを取り上げると、思いっきり力を込めて真っ二つに叩き折った。
「……あっ……なにすんだよっ……!」
オロオロする辰巳を無視して、三田村は壊れた携帯からSDカードを抜き取ると、勢いにまかせてそれを口に放り込み、ゴクリと飲み下した。
そしてへたりこんでいる辰巳の胸ぐらをもう一度つかむと、カゴ車に身体を押し付けてこう言った。
「……お前……クズやな……」
辰巳の大きな身体に押されて、カゴ車がガシャガシャと音を立てる。
「なんのことだよ」
辰巳は痛みに顔を歪めながら、口の端からにじむ血を手の甲で拭った。
「……とぼけんなっ!……あいりちゃんの写真のことや!お前っ……坂田主任にアレ見せたやろ?」
いつもの人なつっこい三田村の姿は微塵もない。
自分でも信じられないほどの爆発的な怒りが三田村を支配していた。
「……あいりちゃんの……?」
辰巳は一瞬怯えて青ざめた顔をしたが、すぐに体勢を立て直すと、意外にも余裕のある表情で三田村を睨み返してきた。
「……お前さ……あいりちゃんの何なわけ?……」
いつもは卑屈でオドオドしているはずの男なのだが、「あいりと肉体関係がある」という優越感が辰巳に妙な自信を抱かせているのだ。
「何って……」
すぐに謝るだろうと踏んでいた辰巳に意外なほど強気な言葉を返され、今度は逆に三田村がひるんでしまう。
「あいりちゃん本人ならわかるけど―――三田村に文句言われる筋合いなんかないよ」
「……せやけど……俺ら同期やん。なんでほんなひどいことすんねん?坂田主任なんかに見せたらどういうことになるか、考えたらわかるやろ?」
「……は?坂田主任があの写真を見てどうするかなんて知ったこっちゃないよ」
「な……なんやて?」
「だって俺にとってあいりちゃんはエロい興味の対象であって、彼女とかじゃねぇもん。今日だって用がなければ坂田会行きたかったよ。男なら誰でもそう思うって」
「…………」
あいりが坂田会で何かされることをむしろ期待するような辰巳の口調に、三田村は言葉を失った。
あいりが複数の男たちになぶりものにされる姿が、もやもやと頭に浮かぶ。
「正義漢ぶって……うっとおしいったらねえよ」
吐き捨てるようにそう言われ、三田村はたった今辰巳を殴りつけた自分の拳を見た。
人を本気で殴ってしまったのは、生まれて初めての経験だったかもしれない―――。
「俺は―――辰巳とは違う。俺はあいりちゃんを……守りたいねん……同期の仲間やから……」
三田村は自分自身に言い聞かせるようにそう呟いたが、何故かひどく説得力に欠けるような気がして、ギュッと唇を噛んだ。