華麗なる逃亡日記-3
「危ない、由紀!」
だが、なんとか気付いた僕が、由紀を突き飛ばして、代わりに蹴りを受ける。
咄嗟の事で、受けきれずに宙を舞う。
「拓巳くん!?」
美奈は少し動揺している。この隙に説得しようとするが、声がでない。
「くっ、おい鈴村、大丈夫か?」
起き上がった由紀が少しだけ心配そうに聞く。
それを見て、美奈はさらに逆上をする。
「あー!二人でそんなに仲良く!拓巳くんも由紀ちゃんのこと庇うし!」
目が嫉妬と本気の殺意で燃えている。きっと今日は女難の相がでてるなと思いつつ、そばの由紀に囁く。
「このバカ!あいつ昔から、キレると止まんないだろ!」
「すまん…。だが、貴様が美奈を奪うからいけないんだ…!」
「な…!あれはあいつが勝手に…」
「二人でなにこそこそと、話してるのよ!」
知らず知らずのうちに、声が大きくなってしまったようだ。
「まずいって!本気で殺される!」
「しかたない、逃げるぞ鈴村」
「でも、どうやって逃げるつもりだ?」
逃走は、僕も考えたが、そんな隙などはなさそうだ。
「いい方法がある」
「本当!?どんな方法だ!?」
死を覚悟していた僕にとって、その言葉は、暗闇に射した光のようだった。
「その方法はな…これだっ!」
「うわっ!?」
だが、光はほんの一瞬だった。
由紀に首を掴まれると、美奈の方に思いっきり転がされたのだ。
あぁ、やっぱり裏切られた。と転がりながら、冷静に考える。
ようやく止まったのは、美奈の目の前。
振り向くと、すでに由紀はいなくなっていた。
ため息混じりに美奈に向き直り、とりあえず笑ってみる。
「あはは、ご機嫌いかがですか…?」
だが、表情には変化は無し。
かわりに、頭狙いの鋭いハイキックが襲ってきた。
それをスロー再生のように見ながら、頭の中には記憶が走馬灯のように流れていく。
七歳の時、無理矢理変なものを食べさせようとする美奈から、逃げている場面。
十歳のとき、美奈を返せと言う由紀から逃げている場面。
その他の記憶も、やはり逃げているものばかりだった。
逃げているばかりの記憶を思い出した感想は、死にたくない、だった。
なのでムダだとは思うが言ってみた。
「ごめんなさい!」
だが、以外にも足は止まった。
「反省…してる?」
「してます!もう、死ぬほど!」
「私と由紀、どっちが好き?」
「それはもう、美奈さんです!てゆーか由紀にはまったく興味ないです!」
これは間違いなく本音だ。あんなやつに興味はない。
僕の好みは、可愛くて清純で、人の不幸に涙するような、そんな優しい子だ。そう、同じクラスの冬月凛ちゃんのような…
「…拓巳くん?」
「‥‥‥」
「拓巳くん!」
バキッ
「はぐぁっ!?」
「大丈夫?目がイッちゃってたよ?」
どうやら妄想の世界に浸ってしまっていたようだ。反省反省。
「あ、いや、もう戻ってきたから!もう殴らないで!」
「本当?でもイクのは夜だけにしてね」
「何の話し…?」
「やだ、わかってるくせに!」
ゴスッ
「ぐっ!?」
痛恨の一撃。
あぁ綺麗な花畑と川が見える‥‥。
「あっ、もう昼休み終わっちゃう。あれ?拓巳くん寝てるの?」
「‥‥‥」
「ホント、私がいないとダメなんだから」
「‥‥‥」
「しかたないなぁ。私が教室まで連れてってあげるよ」
「あれ、拓巳くん泣いてるの?そんなにうれしい?」
「‥‥‥」
足掴んで引きずらないでくれ…
僕は今、世の中の理不尽さを痛いほど感じている。実際、床に擦れて後頭部が痛い。
チャイムを遠くに聞きながら、僕の意識は暗転した…