華麗なる逃亡日記-2
「す、鈴村…」
そのとき、入り口の方から一番聞きたくない声が聞こえてきた。
見ると、そこには予想どおりの女が。
しかも、見るからに怒っている。
「鈴村!貴様、私の美奈に手を出すとは!覚悟はできているんだろうな!」
「いきなり現れて、何のことだよ!」
「この期に及んで言い訳か?そんな格好でよく言えるな!」
「そんな格好?」
今は大の字になって倒れているるだけのはずだ。
だが、改めて見て、やっと気が付いた。
「って美奈!いつまで座ってるのさ!?」
美奈がまだ、倒れている僕のうえに座っていたのだ。
見ようによってはそうゆう事に見えるかもしれない。
「あっ、ごめん」
美奈も、やっと気付いて立ち上がる。
すると女は美奈を抱き寄せる。
「よしよし、美奈、大丈夫か!?」
「何のこと、由紀ちゃん?私はなんともないよ?」
そんな二人を、寝転がりながら見上げる姿勢になり、偶然スカートの中が見えそうになる。
慌てて目を背け、立ち上がるが、由紀はそれに気付く。
「むっ!美奈、この男は今スカートの中を覗いたぞ!」
「見てない!ギリギリで見てない!」
「私、拓巳くんになら見られてもいいよ」
美奈の言葉に、由紀の形のいい眉がぴくっとなる。
「騙されるな美奈。男はみんな欲望の塊だ。目を覚ませ!」
「拓巳くんはそんなことない!私以外の女の子にはまったく興味ないもん!」
「いや、ちょっと美奈ちゃーん…?」
それは男として反論したかった。
だが、僕の呼び掛けにも完全に無視だ。
「でも今は恥ずかしがってるけど、夜になると急に押し倒したりして、『君がほしい』とか言って、そしてそのまま…きゃー!」
「なんだよそれ!」
完璧に妄想にのめり込んでいる。
そのとき、全身の産毛が逆立つような殺気を感じた。それもすぐ近くから。
恐る恐るそちらをみると、夜叉や鬼女といった形相で由紀が睨んでいる。
その視線だけでも殺されそうだ。
「あ、あれー?由紀さん、な、なんか気に障ることでも…?」
「気に障ることぉ?あぁ、たくさんあるさ。例えばおまえが生きてるって事とかなぁ」
「えっと、それはどうゆう意味で…」
「ふふふっ、本当に知りたいのか?」
聞かなくても顔を見ればわかる。
笑顔だが、人を殺せそうな視線だけはかわらない。
「あははっ、なんかそんなに見られると照れるなぁ…」
「ほぅ、軽口をたたけるだけの心の余裕はあるんだな?」
「え…、あ、いや、そうじゃなくて…」
失敗。場を和ませようとしたが、逆効果のようだ。
こうなったら作戦第二段だ。
「美奈も貴様のどこを好きに…!」
「えーっと、由紀ちゃんは笑ってたほうが可愛いよー?」
「そうやって美奈を誑かしたんだな!?その上さらに、私まで口説く気か!」
「いや、そんなつもりじゃ…」
またも失敗。もう打つ手はない。
視線はもはや、立派な凶器だ。
「二人ともなに見つめ合ってるの!」
現実に戻ってきた美奈の声だ。
「いや、どっからどう見ても違…」
「美奈、こいつが私のことを好きだと言ってきてな…」
一瞬、時が凍り付いた気がした。
美奈の様子をうかがうと、俯いて小さく震えている。
「拓巳くん…、今の、ほんと…?」
「違うって!僕がこんなやつに告白するわけないだろ!」
一応、弁解してみるが、まったく聞く耳をもたない。
「浮気するつもりだったの!?」
「いや、浮気も何も、僕達付き合ってるわけじゃない…、あっ」
まずい、言ってしまった。いまさらながら後悔する。
「ひどい!私とは遊びだったのね!?」
「美奈、これでわかったろ?この男は最低の人間だ…」
美奈に近づいて肩に手を置こうとした由紀だが、美奈に睨まれ手を引っ込める。
「み、美奈?いったいどうした…?」
「由紀ちゃんも、私をだましてたのね…。許さない!」
美奈は、言い終わると同時に床を蹴って、まっすぐ右拳を繰り出す。
由紀はそれを紙一重で避ける。が、体勢が崩れたところに、さらに左から一撃が襲う。
避けられないと判断して、防御の為に右腕をあげ、そのまま美奈の拳を受ける。
だが、防御の上からでも、とんでもない衝撃がはしる。
「ぐはっ!」
だが、美奈は攻撃の手を緩めない。
まだ衝撃から回復しきっていない由紀に、回し蹴りを浴びせようとしている。