非線型蒲公英 =Fortsetzung eins=-7
「…先輩、そんなに食べると身体悪くしますよ」
「いや、美味いから…いくらでも食えそう」
と、4杯目に手を出そうとする聡。
「…確かにコレ、カレーですけど、具はネギ類だけですよ…よく、肉も無いカレーをそんなに食べれますね」
「何か、止まらなくって…しかも、だんだん熱くなってきた」
「…当然ですよ。ニンニクとしょうが、たっぷり入ってますから」
「うう、食うのをやめたら、大変な事になりそうな気がする…」
聡は、妙に熱の篭った視線で、妃依を見つめる。
「…勘弁してください」
下手をすると襲われかねない。妃依は危機感を感じ、背筋を震わせた。
「ヤバイ…後で姉さんに鎮静剤でも貰おう…」
「…そこまでして食べなくても」
その時、居間の隅に転がっていた(酷い表現)ヘクセンが、急に動き出した。
「うわ!! 何だ!?」
「…復活したんですか」
「システムチェック…!! 八割方グリーン!! いけます!! あああ、ようやく喋れる!!」
立ち上がるのと同時にヘクセンは準備運動を始めた。
「…食事中なんで、静かにしてください」
ヘクセンはピタリと動きを止めると、妃依に向き直る。
「マ、マスター…!! それはアレですか!! 命令ですか!? 言う事を聞かない場合は、また実力行使で私を鎮圧するつもりなんですかァッ!!」
明らかに怯えていた。
「…あるいは、そうするかもしれませんね」
微妙に怒りを思い出した妃依は、冷たくそう言い放った。
「それは、勘弁を!! …ああ、マスターの理不尽な命令を実行しないといけないなんて!! 不憫!! ロボットの悲劇!! 所詮、私は道具なんですか!?」
ヘクセンが胸に手を当てて、力説する。が、丁度ドアの前に立っていたヘクセンは、不意に勢いよく開いたドアにぶつかって、顔面から床に突っ込んで沈黙した。
開かれたドアから出てきた琴葉は、ヘクセンを無視し、食卓へとついた。
「あががが…!! こ、琴葉様…!! あんまりです!! 今明らかに、ドアの前に私がいる事を知った上で、全力でドアを開けましたね!?」
カレーを一さじ口に運び、琴葉はフッ、と鼻で笑った。
「だから?」
ヘクセンはガクリとうな垂れた。
「嗚呼!! ただ私が作られた命だというだけで!! この扱いですか!? 酷すぎる!! こんなの嫌!! うああああ…!!」
(哀れな…)
聡は何だか、他人事のようには思えなかった。
「妃依、このカレー美味しいじゃない」
最早、ヘクセンはその存在を無視されている。
「…そうですか、ありがとうございます」
「ね、姉さんが、料理を美味しいって言った…!?」
聡は驚愕した。普段ならありえないことだ。
「何? それじゃ、まるで私が味覚音痴なように聞こえるわね」
「そうじゃないけど…姉さん、今まで、何食べても美味しいなんて言わなかったじゃないか…」
「…それは、コンビニ食しか食べていなかったせいでは」
「そうね、妃依の言うとおりだわ。今まで私の食生活は乱れがちだったのよ。ああ、そうだわ、妃依。どうせなら毎晩、夕食を作りに来てくれないかしら」
聡は思わず、カラン、とスプーンを落としてしまった。
「無茶言うなよ…姉さん」
「…別に、私は構いませんが」
「ひ、ひよちゃん…!? 無理する事はないよ?」
「…いえ、一人で食事をするのは味気ないですから…大勢で食べたほうが美味しいですし」
「妃依もそう言ってくれるのならありがたいわね…ああ、そうだわ、帰るのが面倒ならここに住んでも構わないわよ?」
今度は口に含んでいた水を、ブハァッ、と噴出してしまう聡。
「…汚いですよ」
妃依が小さい声で冷静に突っ込んだ。
「なな、なに言ってんだよ、姉さん!!」
「部屋なら、聡の部屋を空ければ済む事でしょう?」
「そういう話ではなく…って、あくまでも、俺は姉さんの思い通りに動かされるんだな…」
横目で、床に突っ伏して涙(擬態アイカメラ洗浄液)を垂れ流しているヘクセンを見る。何故だか、ひどく共感できた。
「…いえ、ちゃんと帰りますよ、遠くないですし」
「あら、婦女子が夜道を一人で歩くものではないわよ」
この間、夜中に『肝試し』を強行させた人物の言う事ではない。
「…平気です」
「そう? 何だか心配だわ」
姉さん…ホント、小姑じみてるよ…?
「ん…聡、何か言ったかしら?」
「い、いや、何も言ってないから…」
心を読まれた? 姉さんなら出来なくは無さそうだが…。
「まあ、それはそうと…ひよちゃん、コレ食べ終わったら、帰る前にちょっといいかな」