非線型蒲公英 =Fortsetzung eins=-6
『すぐ帰るわ』
と、姉さんが電話を掛けてきた。幸い、ひよちゃんは試行錯誤の末に、料理を完成させたようなので、今日は慌てたりしなくて済みそうだ。
「ところで、何を作ったの? ひよちゃん」
「…ええと…何でしょうか、コレは」
食卓に並べられていく料理を見るに、カレー…だと思うのだが、何故か口ごもるひよちゃん。
「カレーじゃないの? コレ」
「…カレー…かもしれません」
料理が得意なひよちゃんにしては、珍しく『失敗した』といった顔をしている。
「ためしに、味見してもいいかな?」
「…そうですね、食べる前に覚悟しておいてください」
「え? じゃあ…一口」
スプーンで一さじ、口に運ぶ。
「うん、美味しいよ? ちょっと、辛いけど」
「…そうですか…それなら、まあ、それで…私は食欲が無いんで、少しでいいです」
妃依は小皿一杯分しか盛らなかった。自分で作ったから、危険性も十分理解していた。
「じゃあ、折角だから、俺は大盛りで」
そう言ってかなりの量を盛ってしまう。妃依は『…ああ』と、眉をひそめた。
匂いは、カレーのお陰でむしろ良い方にプラスになっているのだが…あんな、大量のニンニク、しょうが、らっきょう、ニラが具として入っているカレーなんて食べたら…後でどうなることやら。
というか、何故全部入れてしまったんだろう…変な事を考えながら作っていたせいだろうか。
それから、いくらもしない内に、琴葉が帰宅した。
「…琴葉先輩、早いですね…電話が掛かってきてから5分も経ってませんよ」
「まあね、姉さんはいつもこうだから」
帰る直前に電話を掛けてくる意味は、俺にも解らない。
と、姉さんは、居間に入ってくるなり顔をしかめた。
「硫化アリル臭いわね…一体何事?」
ネギ臭い、と言いたいらしい。
「ああ、このカレーの匂いだよ、それは」
「何かしら…このネギカレーとでも言うべき代物は」
流石に、琴葉は異常に気が付いたらしい。
「…材料が無かったので、そうなってしまいました」
「ふぅん…妃依が作ったのね。まあいいわ、ネギもカレーも嫌いじゃ無いし」
琴葉は基本的に食べ物の好き嫌いが無かった。特別嫌いな物は無いが、好きな物も無いので、何をどう食べても、感想は常に『まあまあ食べれるわ』なのであった。
「じゃあ、私はサリィにご飯をあげてくるから、貴方達は先に食べていて頂戴」
琴葉は、台所の戸棚から缶詰を取り出して来て、そう言った。
「姉さん、サリィのメシは自腹で買ってくるのに、どうしてウチの食費は俺が捻出しないといけないんだ…?」
聡は常々感じていた理不尽に対する疑問を口にした。
「よく言うじゃ無い、『食費を払うのは最年少者』って」
「んな言葉、知らないよ…じゃあ、最年長者は何をするんだ?」
「『最年長者よ天上天下唯我独尊たれ』…じゃないかしら?」
「いや…それ、今作ったろ、姉さん」
「どうでもいいのよ、そんな事は。それよりヘクセンが機能停止してるようだけど…まあ、放って置いても勝手に直るから、それこそどうでもいいわね」
ぴくり、とわずかに反応するヘクセン。どうやら自己修復機能が搭載されているらしい。英知の塊の割には、扱いはぞんざいであった。
間もなく、琴葉が部屋に引っ込んでしまったので、残された二人は、冷めないうちにカレーを食べる事にした。