非線型蒲公英 =Fortsetzung eins=-5
―――後にヘクセンは、その時点からの5分間を『災厄地獄の五分間』として、語りつくせぬ恐怖を記憶素子に刻み込んだという。
「ひ、ひよちゃん…落ち着いた?」
さっきまでの事はきっと俺の目の錯覚だ…。あんな恐ろしい事が現実に起こりうる訳が無い。ましてや、それをやったのが目の前にいるひよちゃんだなんて…とてもじゃ無いけど(怖すぎて)考えられない。
「…ええ、概ね、落ち着きました」
確かに、いつものひよちゃんだった。ベランダにいた時のように、思いつめた表情は無いし、ついさっきまで俺が見ていた…恐らく錯覚だと思うが…鬼神のような恐ろしい表情でもない。
「…じゃあ、私、晩御飯作りますね」
あんな事があったのに、ヘクセンの買ってきた材料は無事だった。ヘクセン自体は…動く事が出来たら奇跡だろう…。惨い。
「あ…あのさ、ひよちゃん」
「…なんですか」
「さっき…何て言おうとしたんだ…?」
妃依はぴくりと、肩を少しだけ震わせた。
「…気にしないでください」
「先輩の事…の後なんだけど」
「…っ…し、知りません…忘れました」
先輩は素でこんな事を聞いてきているのだろうか…それとも確信犯なのか、と妃依は内心穏やかではなかった。
「そう、まあ、それなら別にいいんだけど」
今度はガクリと肩を落とす妃依。
「…はぁ、私も…もう、いいです」
全く…なんで私って…こんな人の事が…はぁ…。
それはともかく、ヘクセンが買ってきた材料が長ネギ、玉ねぎ、ニンニク、しょうが、らっきょう、ニラ…と凄い匂いを放つものばかりだったので、妃依は何を作ればいいのか、ということについても暫く悩む事になった。