非線型蒲公英 =Fortsetzung eins=-4
「…あ…先輩、気が付きましたか」
気が付くと、俺はソファーの上に寝せられていた。それほど、時間はたっていないらしい。
流石にひよちゃんも風景を眺めるのを止めて、来てくれたようだ。
「ああ…ひよちゃん…俺は生きてるのか」
「良かったァ!! 死んじゃったんじゃないかと思って、心配しましたよ!? 弟様!! 全く、人騒がせな御人ですねッ!!」
ヘクセン…貴様…っ。
「…まだ、余り動かない方がいいですよ」
ひよちゃんが、心配そうに言う。
「いや、もう大丈夫だと…思うけど」
俺は上半身を起こそうとしたが、ひよちゃんに俺の肩を押さえつけられ、また寝かされてしまった。
「…駄目です、もう少し横になっていてください」
何だろ…凄く妙な感じだ…。ひよちゃんから『看病したい』オーラが出てる…。
「わ、解った…暫く寝てる…」
「…じゃあ、私、夕飯の支度をしますから」
「え? 悪いよ…そんな」
「…いいんです、何だか、料理を作りたい気分なんです」
「ちょっと待って、マスター!! ストップ、私の話を聞いて!!」
変なリズムをつけて、ヘクセンが言う。
「…何ですか」
「残念ながら料理は作れませんよ!! 何しろこの家には材料がもう無い!! この間、弟様の彼女さんが来た時に全部使ってしまわれたので、何もありません!! ドンマイ、マスター!!」
「…彼女…って、誰ですか」
うわぁ…今、気温が…確実に10度は下がったよ…。
「マスターのお知り合いの方ですよ!! ええと、悠樹さんとか言ってましたっけ!?」
「…へえ、そうですか、悠樹先輩が…」
何で、声が1オクターブ低くなってるのかな…怖いよ…。
「ちち、違う!! 彼女なんかじゃ無い!! 勝手なこと言うな!! ヘクセン!!」
何で言い訳をしているのかと問われれば、本能的な脊髄反射であると言うしかない。何しろ空気がヤバイ。
「おや!? 弟様!! 照れてらっしゃる!? いやはや…若いですねえ!! そこをいくと、マスターなんかは彼氏なんぞ作れそうにありませんしネエ!?」
「…そう、ですか」
うわあああ…無差別に殺意を放射するのはヤメテ…ひよちゃん…。その殺意だけで死ねる…。
「へへへ、ヘクセン!! 材料が無いんだったら買って来い!! 今すぐだ!! 早く…!! 頼む…」
とにかく、コイツをどこかへ行かせない事には状況回復どころか、状況が悪化するばかりだと思い、俺はヘクセンに買い物を命じた。
「仕方ないですねェ!! そこまで言うなら、行ってあげない事もないですよ!! まあ、何と従順な私!! 流石、高性能!! フンフッフフーン!!」
妙な鼻歌を歌いながら、部屋を出て行くヘクセン。とりあえず、第一段階はクリア…。後は、ひよちゃんの機嫌を…。
が、ヘクセンが出て行ったとたん、ひよちゃんは俯き加減で、溜息をついた。もう殺意も冷たいオーラも無い。
「あの、ひよちゃん…?」
「…はぁ…ちょっと、空気、吸ってきます」
そう言って、またベランダに出るひよちゃんは、怒っているのか、悲しんでいるのか、ちょっと微妙な表情をしていた。
ベランダから見る空は、目に染みるような薄暮。遠くに見える水平線も紅く染まっていた。
風が気持ちいい。この…もやもやした気持ちも吹き流してしまえるなら楽なのに。
「…はぁ…」
溜息しか出ない。景色が凄くて…それで、余計に自分の嫌な所が際立ってしまう気がしたから。
「綺麗だろ? 夕日」
不意に、先輩が後ろから声を掛けてきた。
「…横になっててくださいって…言ったじゃないですか…」
「もう平気だから。それより、ひよちゃん…どうしたの?」
「…別に…何でもありません」
本当に何でもなかったら…楽なんだけれど。
「そう、か? それならいいんだけど」
「…あの…先輩」
駄目…聞けない…。
「ん? 何?」
「…先輩は…」
嫌だ…聞きたくない。
「…悠樹先輩…と…その…」
「悠樹? え、と…それって、さっきヘクセンが言ってた事…か?」
「…はい…」
「彼女な訳ないだろ? ただの幼馴染ってだけだよ」
「…それでも」
きっと、私よりは…。
「ひよちゃん…? どうして、そんな…?」
やっぱり…気が付いてはくれない…。
「…私…私は…先輩の事…」
「弟様ぁーっ!! ただ今帰りましたァッ!! おおっと、2分42秒!! 自己ベストですよ!?」
…(激怒)…。
「あらら!! いやぁん!! ベランダで夕日を背景に語らってらっしゃったんですか!? ロマンチックですネエ!! 一体どういう風の吹き回し!?」
…(滅殺)…。