非線型蒲公英 =Fortsetzung eins=-3
「…うわ…すごい…」
居間に通して、早速ベランダに出たひよちゃんは、そう言ったきり、かれこれ十分以上ベランダにかじりついているのだった。
それで俺は、と言うと、その様子を部屋の中から眺めているわけで…。
「マスターは一体何をしに来たんですか!? さっきからずぅーっと、自殺志願者のように外を眺めているじゃ無いですか!! まさか死にに来たんですか!?」
「違うっての」
とは言え、そう見えなくも無いから、ちょっと怖い。
「じゃあ何ですか!? はっ!! もしや落とされるのは私!? いやぁぁぁぁっ!! 壊れる!! 流石に壊れてしまう!!」
「多分、違うと思う」
あまり否定できなかった。
これだけ俺達(というかヘクセン)が騒いでも、窓ガラス一枚を挟んだ向こうにいるひよちゃんに、動きは無い。ただ、じっと景色を眺めている。
その背中が、何かを語っているように思われたが、俺には解らなかった。
ガチャリ、と、姉さんの部屋の扉が開き、サリィを抱えた姉さんが居間に顔を出す。
「あら、何? 誰かが来たと思ったら、妃依が来てたのね」
ひよちゃんは、依然こちらの様子には気を払っていない。姉さんが現れた事にも、気が付いていないようだった。
「ふうん…妃依は、何をしに来たのかしら」
姉さんが、意味ありげな視線を俺に向けてくる。
「ああ、景色を見に来たんだよ」
「へえ、それは、聡が誘ったという事?」
「そ、そうだけど…」
「景色で釣って、その景色に負けてしまうというのは、男としてはどうなのかしらね」
何か、とんでもない事をさらっと口にする。
「いや、俺はそんなつもりで連れてきたわけじゃ無いんだけど…」
「そうなの? だとしたら、二人ともとんだ変わり者ね」
姉さんのほうが余程…とは口が裂けても言えない。
「まあ、貴方達の事に干渉したりはしないわ…それより、聡は今日のテスト、どうだったのかしら」
まさか姉さんに聞かれるとは…予想外だった。
「それは…姉さんも知ってるだろ…?」
「貴方がテスト嫌いだ、という事? それは解っているわ」
「だったら聞かないでくれよ…」
「そうね、何しろ白紙で数学のテストを終わらせてしまうような人ですものね。貴方は」
嫌な予感がした。間違いない。姉さんは何かをやった。
「何で、それを…?」
「安心して、聡。あの答案はこっそりと回収して、答えを全て埋めた答案とすり替えておいたから、満点で帰ってくるわよ。よかったわね」
「な、何てことを!!」
「弟様!! 良かったじゃ無いですか!! これで赤っ恥を掻かずに済みますね!! むしろ、薄ら笑いながら見せびらかす事が可能ですよ!?」
「するか!! そんな事!! って言うかバレるだろ!?」
すると姉さんは、胸ポケットからデータディスクを取り出した。
「大丈夫よ、この『聡の筆跡模倣フォント』を使って印刷したから、鑑定されても99%本人が書いたものと判定されるわ」
また妙なものを…そんな物を作る時間があるなら、料理の一つでも覚えて欲しい…。
「そ、そこまでして…俺に百点を取らせて…どうする気なんだ? 姉さん…」
「別に、何もしないわ。ただ、学校に保護者を呼ばれた時に困るのは、貴方だけでは無いから、ね」
姉さんも…って事か? そうか…姉さん、あのボケ夫婦がやたら苦手だもんな…。俺もだけど。
「ああ、悪かったよ。姉さん」
「解ったのなら、私の手を煩わせないように、明日のテスト勉強でもしておいて頂戴。でないと、また満点を取る事になるわよ」
実に変な脅し方である。
「う…わ…解ったよ」
とは言えやる気は無いのだが。
「じゃあ、私は燐達とテスト勉強会をする約束があるから出かけるわ。夕飯よろしく」
「最近、(燐ちゃんと)仲いいよね…何があったんだ?」
「貴方が気にする事じゃないわ。それより、貴方が気にしなければいけない事は、他にあるんじゃなくって?」
フフ、とベランダに視線を流す。
「姉さん…何か、小姑じみてるよ…?」
つい、言ってしまった。言ってから激しく後悔した。
「ヘクセン。管理者権限リミッター、30%限定解除。攻撃目標、聡」
姉さんが、表情をぴくりとも変えずに言い放つ。
「ハーイ!! 了解です!! 弟様、悪いけど、コレ仕事なんですよ!! 観念してください!!」
ヘクセンが嬉々として俺の方に腕を突き出す。
「ちょっと…待って、悪かった、俺が悪かった!! 姉さんッ!!」
「じゃあ、ね。行って来るわ、留守番よろしく…撃て」
姉さんの一言と共に、俺の意識は、闇の彼方へと吹っ飛んだのだった。