宍戸妃依は眠れない-1
その日、宍戸妃依は学校を休んだ。
サボりたかったからとか、不登校の気があるとか、そういうことではない。
明かしてしまえば、くだらない理由だ。が、一人暮らしの彼女にとってはかなり深刻な問題。
つまり、風邪である。
「…はぁ」
明日は休みだし、別に一日くらい休んでも平気なくらいには出席していたので、学校の事については全く思考の蚊帳の外にある。
「…」
それ故、暇であった。風邪でだるい身体に鞭打って、自分自身を看病しなければならないから、やる事が無いわけではないのだが。
「…」
ベッドに横になり、氷嚢を枕にして、天井の微妙な染みをじっと見つめ続けるのにも飽きた。
「…うー…」
ふと、今何時なのか気になり、気だるい身体を捻って壁の時計を見る。
「…まだ、5時か…」
はぁ、と、身体を支えていた腕の力を抜き、ぼすっ、とベッドに倒れこむ。
「…コホッ」
頭は痛いし、喉も少しつらい。ここまで酷い風邪は久しぶりだ。熱は測っていないが、38度くらいはありそうな気がする。
「…あー…死にそう」
暫く起きていたせいか朦朧として来た。眠ろうかな…と、思ったその時、
ぴん、ぽーん…
と、ドアベルが鳴った。
「…こんな時に誰…まあいいか…無視…しよ」
もう眠くて仕様がなかったので、確認するのも億劫だった。
ドン、ドン、ドン!!
「…う、るさい」
音にあわせて頭がガンガンと痛む。誰だか知らないが、仕方ないから対応するか…風邪だと解れば帰ってくれるだろうから。
よろよろと立ち上がり、玄関へ向かう。
「…はあ、誰なんだろ」
覗き窓から覗いてみると、そこに居たのは見知った人物であった。
少々慌てて鍵を開け、扉を開く。
「や、お見舞いに来たんだけど」
扉の外に居た人物、遊佐間聡は、片手にコンビニの袋を引っさげ、妃依とはまるで対照的な朗らかさで言い放った。
「…有り難いんですが…どうして」
「え? 風邪引いて休んだって司から聞いたから」
司は妃依と同じ三組なので、朝の点呼の時に先生が報告したのを聞いたのだろう。
「…そうじゃなく…私が風邪引いてるからって、どうしてお見舞いなんて…」
「ほら、こないだ色々世話になったし」
「…そんなこと、私は別に気にしてませんが」
「とにかく、ほら、玄関で立ち話なんてしてたら身体に障るよ? という事ではい、お邪魔しますっと」
「…うあぁ」
聡に無理やり部屋の中に押し込まれ、妃依はふらふらと壁にもたれ掛かった。いつもならこれ位で倒れそうになったりはしないのだが。
「あれ? ゴメン、大丈夫?」
「…いえ…あまり平気では」
「あー…もしかして、風邪、かなり酷い?」
「…はい…」
どれ、と惚けた様な表情の妃依の額に手を当てる。
「ああ、こりゃかなり酷いね。多分」
「…多分って」
「それと、はいこれ、フルーツゼリー。コレ食って、薬を飲んで、寝ることだね」
「…あ、どうも…すいません」
妃依は風邪のせいか、会話に覇気がない。それ故、珍しく聡に先を取られている。
「はー、それにしてもひよちゃんが風邪引くなんて、驚きだ」
「…馬鹿にしてるんですか」
「いや、違うよ? ち、違うから…そんな怖い目しないで…」
「…私だって、風邪くらい引きますよ」
「何か、ひよちゃんって強いイメージがあるから…風邪ニモマケズって感じに」
「…それ、誤字です」
そんな風に会話していると気が紛れるのか、少しだけ症状が軽くなった気がした。