卒業-1
能代(のしろ)を呼び出したのは、まったく知らない女の子だった。
名札に赤いラインが入っているということは、おそらく2年の子なのだろうが――『山岸里香』という名前にも覚えがなかった。
『放課後、図書館のうらに来て下さい』
下駄箱に挟んであったピンク色のメモ用紙。
なんだかわからないキャラクターのイラストがついている。
女子高生独特の読みにくい文字で書かれた手紙は、能代とはまったく無関係の世界から届いた暗号のように思えた。
実際目の前に現れたのは文字と手紙のイメージがそのまま立体化したような女の子―――。
みんなと同じ髪型をし、
みんなと同じメイクをし、
みんなと同じ丈に制服を直して―――。
とにかく何もかもみんなと同じになることに一所懸命な、ごく普通の可愛らしい女の子だった。
化粧品のような甘い匂いが鼻をつく。
『あぁ。めんどくせぇ……』能代はすでに嫌な予感がしていた。
「……僕に何か?」
思いっきり迷惑そうな顔で無愛想にたずねると、女の子は肩をすくめて媚びるような上目遣いで能代を見上げた。
「あのぉ。能代先輩ってぇ、松永先輩と仲いいですよねぇ。」
『やっぱりな。そういうことだと思った――。』
能代はおもいっきりため息をついた。
「松永先輩のぉ、第二ボタンのことなんですけどぉ……。」
卒業式に女子が思いを寄せる卒業生から第二ボタンもらうという風習は、どれくらい前からあるのだろう。
ボタン一個もらったからといって人生どうなるわけでもないのだが、恋する女子高生にとっては『そのたった一つのボタンが貰えるかどうか』が命より大切な大問題になるのだ。
「松永なら、誰に渡すか決めてないみたいだけど……」
「えーっ。マジ嬉しぃ!それアタシが予約してもいいですか?!」
「いや……でも、今のところ誰にもあげるつもりないらしいし、無理だと思うよ」
女の子の、語尾がだらしなく延びる甘ったるい話し方に、すでに能代はかなりイライラしていた。
松永も能代もまだ第二ボタンの行方は決まっていない。
その点で二人は共通している。
ただし二人には根本的に大きな違いがある。
松永は常に女の子にかこまれているがあえて彼女を作らない男。
そして能代ははじめから女の子を寄せつけない男なのだ。
「えー、どーしてですかぁ?松永先輩私のことカワイイカワイイっていつも言ってたんですぅ。今度デートする?って誘われたこともあるしぃ……」
女の子は涙目になり、膨れっ面で抗議する。
「あのさ―――そういうことは本人に言ってくれないかな。俺忙しいから、もういいかな?」
まったく馬鹿馬鹿しくて付き合いきれない。
能代は半泣きになっている女の子にさっさと背を向け部室へと向かった。