彼岸の空-6
それにしても―――。
『カレーライスに昆布巻きってどういう組み合わせよ……』
一瞬苦笑しかけて……私はハッとした。
お客さまなんかじゃない――。
カレーライスと昆布巻き……。
それは――――
兄と私……の大好物なのだ。
私は改めて二つの大きな鍋の中の料理を見た。
カレーも昆布巻きも母が一人で食べるのにはどう考えても多すぎる。
『……お兄ちゃんも……私も……今日は帰れないって言ったのに……』
その鍋の前に、かっぽうぎを着た母の小さな背中が見えるような気がした。
もうずっと何年間も、毎年毎年、母はこうして鍋一杯のカレーと昆布巻きを作って たった一人で父の命日を過ごしてきたのだろうか。
可能性はほとんどゼロに近いかもしれないけれど――――
もしかしたら、もしかしたら帰って来るかもしれない兄と私のために――。
そして孫の顔さえ見られないまま逝ってしまったけれど、きっと誰よりも兄と私を愛してくれていたはずの父のために――。
ひとりぼっちの台所で、母はどんな思いでこの鍋を掻き混ぜていたのだろう。
「……お母さん……」
私は声に出して母をよんだ。
胸がつまって涙が溢れた。
――お母さん。
――お母さんごめん。
――お母さんごめんなさい。
気がつけば私は鍋の前でしゃくりあげながら泣いていた。
母は父を憎んでいたのではなかった。
母は父を誰よりも愛していたのだ。
「………久美子?」
背後で母の声がした。
振り返ると母が立っていた。
微かに線香の香りがした。
墓参りなんてどうでもいいような口ぶりだったけど、それが忙しい子供たちへの気遣いだったのだと今ならばわかる。
母はくしゃくしゃに崩れた私の顔を見て、一瞬だけ泣きそうな顔をしてから
「おかえり」
とニッコリ笑った。
仕事のことは一言も聞かなかった。
「……これ、お土産。」
私は目を真っ赤にしたままシュークリームの箱を母に手渡した。
「なにこれ?」
「なにって、お母さんが電話で言ってたシュークリームやん。」
「……あぁ。そうやったなぁ。忘れてた」
母は照れ臭そうに笑った。
私もつられて笑った。
今日は昆布巻きとカレーを食べながら、父と母のなれそめでも聞いてみようか。
それほどまでに愛することができる誰かに私が出会った時のために――――。
窓から見える彼岸の空は、どこまでも青く晴れ渡っていた。
END