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彼岸の空
【家族 その他小説】

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彼岸の空-5



高速道路はすいていて快適に走れた。


抜けるような彼岸の青空が広がっている。

父が亡くなった日もこんな悲しいくらいの青空だった。


『さすが親父。お彼岸が命日だと絶対みんなに墓参りを忘れられないもんね』


兄はよくそんな冗談を言う。


父は確かに人並み外れた不思議なパワーを持ったような人物だった。


父は小さいながらも地方ではそれなりに名の知れた会社の経営者だった。


義理人情にあつく、頼られると嫌とはいえない豪快な親分肌の性格で、男性からも女性からも好かれる不思議な魅力のある人だった。


56歳という若さで突然の事故に巻き込まれあっけなく逝ってしまった時は、葬儀に何百人もの人が訪れた。


そしてその誰もが棺桶にすがりついて号泣するという異様な光景を目の当たりにして、私は自分の父の偉大さを改めて知り驚かされたのだった。


しかしそのいわばカリスマのような破天荒な男を旦那に持ってしまった母の苦労は並大抵のものではなかったようだ。


母になんの相談もなく何人もの借金の保証人になったり肩代わりをしてやったりという金銭面での苦労。


父に蟻のように群がるたくさんの女性関係での苦労。


重度の糖尿病を患っているのに医者のいうことを全く聞かない父の看病面での苦労。

父が周りから慕われれば慕われるほど母の苦労はどんどん増えていくようだった。


私も若い頃は、家庭をほとんどかえりみずいつも母に苦労ばかりかけている父をひどいと思った時があった。


でも社会人になって10年たち、いろいろな経験を積んだ今となればその当時の父の気持ちがよくわかる。


下請けも含めれば数百人もの部下とその家族の人生を背負っている重圧と責任感で、父も必死だったのだろうと思う。


だが私は、母は今でも父のことをずっと恨んでいるのではないかと思っている。


一度も会社勤めをしたことがない母に、父の苦労を理解するのは難しかったのではないだろうか。




インターチェンジが近づいてきた。



私はハザードを左に出し、見慣れた町の景色の中へ滑りおりていった。


大通りをまっすぐ走っていると、左手に見慣れない洋館風の建物が建っている。


なんだろうと思い目をやると、正面に『ロシェ』という看板がかかっていた。



『あ、お母さんが言ってたシュークリームの店だ……』



母へのお土産も買ってこなかったし、お供えにもなるかなと思い立ち、私は急遽車を停めた。




店内はシュー皮の焼ける香ばしい匂いとバニラエッセンスの甘い香りがただよっている。



様々な種類のシュークリームがいっぱい並んでいて全部食べてみたくなったが、母と私の二人きりでは食べられる量はたかが知れている。


もし母が一人で来たら、もっと悩むことになるだろうなと思うと、少し切ないような気分になった。



結局全部違う味のを四個だけ箱に入れて貰った。



―――――――――――――


実家の玄関を開けると、カレーのいい匂いがしていた。


『あっ。ラッキー。』



今日がカレーだったとは運がいい。なにしろ母のカレーは絶品なのだ。
同じカレールーを使って私が作り方を真似ても決して母の味にはならない。


台所に行ってみると、ガスコンロの上で鍋一杯のカレーが湯気をあげていた。


「う〜ん。おいしそう。」


出掛けているのか母の姿は見当たらない。

ふと気がつくと、カレーの横にもう一つ大きな鍋が置いてある。


蓋を取ってみると母の手作りの昆布巻きがたくさん入っていた。


『わ…昆布巻き?お参りのお客さんでも来るのかな。』


母の昆布巻きはお祭りやお正月などの特別な日やお客さまが来る日にしか食べられないものと決まっていた。


甘辛く炊いた昆布は箸でスッと切れるほど柔らかく、15センチ余りもある大きなサイズでも、数本ぺろっと食べられてしまうほど美味しい。


贅沢に厚く巻いた昆布の中心には、あらかじめ別々に煮た人参とゴボウ、高野豆腐、そして骨まで柔らかくなった身欠きニシンが入っている。


それだけ手間も時間もかかる大変な料理なのだが、私はこの母の昆布巻きが幼い時から大好きだった。


お客さまが全部昆布巻きを食べてしまわないようにいつも祈るようにして客間を覗いていたものだ。





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