非線型蒲公英-1
あまりにも劇的な変化というものは、目の前の大切な事実を覆い隠してしまう事がある。
その変化が小さければ、まだ、驚くとか、呆れるとか出来ると思う。
だがしかし、そう、例えば、我が家に帰ってきたのに、その我が家がどこにも見あたらないとき、人はどんなリアクションで『わぁ家が無い!』ということを体現すればいいのだろうか。
「やぁ、まいったねぇ、お父さん流石にびっくりだよ」
学校から帰ってきて、ほぼ無我の境地で立ち尽くしていた俺の背後から、仕事から帰ってきたと思われる親父が、さらっと、普通に驚きの声を上げた。
「いや…つっこむべきなのは親父なのか、それともこの現状なのか…」
もう、自分でも何考えてるんだかよく分からない。
「さーて、困ったな、聡」
「…どこで笑えばいいんだ? …いや、もう、なんか色々面白いな…ふはは」
そういえば今日部室で、悠樹が割り箸かなんかをジャラジャラさせて『えーと、聡君は今日は凶でしょう。あははは、きょうはきょうだって、面白いね』とか、ほざいてたなぁ…あー、衝動的に奴をぶっ殺したくなってきた。
「…なぁ、親父。何でこうなったんだろうね」
少しは冷静に頭が働き始めた俺。
「うーん、心当たりならあるぞ、いっぱい」
考える素振りを見せた割には、あっさりと答える。
「何だよ、心当たりって」
もう、結構ヤケクソだ。
「ほら、母さんが昨日『折角、光回線?っていうのが家まで繋がったのよねー? だから、母さんネットショッピングにチャレンジしてみようと思って…じゃーん、マイパソコンよー! 買っちゃったー』って言ってたろう? あー、思えば痛い出費だったなあ…でも母さん可愛かったからなあ…ははははは」
「それが何に関係するんだよ!」
「んー、母さん、機械音痴だからなぁ、パソコンなんかいじったら、それこそ爆発くらいするだろう」
「するかよ! しかも分かってんなら止めろよ!」
「やぁ、母さんが余りにも可愛くて…」
「あほか!」
と、ヤケクソになった俺が現実逃避のごとく親父と漫才をしていると、家(跡)の母さんの部屋のあったあたりの地面から、ぼこっと扉が開いて、涙顔の母さんが顔を出した。
「あーん、やっぱりパソコンはまだ早かったわー、お母さんパソコン舐めてたのねー」
「ぶっ! 何で? 何で家にシェルターが?! つーか、ホントにこれの原因はパソコンなの? ありえるのか?」
「パソコンは怖いわー」
「あんたが怖いわ!」
「そんな母さんも可愛いなぁ」
さり気無く母さんを抱き寄せる親父。
「やだぁ、あなた」
「うわぁぁぁぁ! シネ! 色ボケ夫婦!」
「…ってなことがあったのさ、だから、金は無いし、家も無いけど…同情はいらないよ? ひよちゃん」
所と時を移して、明くる日の二葉高校の将棋部の部室。
「…はい。わかりました」
と、非情なる答えを返したのは、後輩の宍戸妃依ちゃんだ。皆からは(とはいえ、俺と悠樹だけだが)『ひよちゃん』と呼ばれている。
「うぅ、でも、あれだ、同情は求めないけど、金は欲しい…切実に。出来れば家も」
「…悠樹先輩に頼んだらどうですか? 後輩にたかるのは人として如何なものかと」
さらっと返された。酷いわ。
「え? なになに? 呼んだ? ひよちゃん!」
馬鹿元気なこいつは俺と同じクラスの杵島悠樹という馬鹿で、俺のいとこだ。はっきり言って、俺以外の一族は皆馬鹿ばっかだ!
「むー…いま、聡君…ヒドいこと考えてたぁ…」
「…へぇ、どんなことを考えてたんですか」
何故かひよちゃんは俺ではなく悠樹に聞く。そして何故か泣き出す悠樹。
「ぅ…ぐすっ、わ、私を…物陰に連れ込んで…うぅ、ぉ、押し倒したぁ…」
「馬鹿か!!!」
「…先輩酷いですね」
「ぇぐっ、そ、それからぁ…変なトコ触った…」
「妄想じゃねえか!!!」
「…聡先輩の、ですか」
フ、と鼻で笑うひよちゃん。モウヤダ、女の子って怖いよ。
「…っはぁぅ、ぃやぁっ、はじめてなのに…」
「いつまでやってる!!! ヴォケ!!!」
いい加減にせよ、とばかりにシバく。
「あぅ…ぶったぁ…でも、聡君になら…わ、わたし…」
「…帰って来ませんね」
「ほっとこう、いずれ戻るかもしれない」
「…やっぱり、悠樹先輩は無理ですか」
「わかってた。俺、わかってた」
「…じゃあ、あと相談可能なのは…」
と、その時、タイミングを見計らったかのように部室に入ってきたのは、後輩の湖賀燐ちゃんだ。悠樹は『リンリン』と呼んで喜んでいる。流石に俺は恥ずかしくて呼べない。