非線型蒲公英-54
「姉さんの機嫌が良いのは俺にとっても嬉しいね…子猫様様だな」
はあ、このまま姉さんの機嫌が良いままだったらどんなに幸せだろうか…。例えるなら、小学生の頃に戻ったような感じかもしれない。あの頃は良かったなぁ…姉さんも大人しい人だったし。
「…そうだよ、是非飼おう。というか飼ってくれ、姉さん。俺の幸せのために」
「何だか変よ、聡。まあ、いつも変だけど」
「はは…そうだ、そう言えば、その猫の名前は? もう付けたの?」
「名前…ね…『カッツェ』とか、どうかしら?」
「姉さん…いくらドイツ語が好きだからって、猫にまでドイツ語を当てなくたって…」
「私、名前を付けるのが苦手なのよ。そう言うなら、折角だから聡、貴方が付けて頂戴」
何が折角なのかは知らないが、まあ、やぶさかではない。
「じゃあ、白毛だから『シロ』とか」
『流石、俺』と、自分を褒めたくなるネーミングセンスだ。
「ふうん、聞いた私が愚かだったわ」
何ですか、姉さん、その反応は…。不満がありましたか…?
「ヘクセン、ちょっと」
姉さんは、テレビの前でオッサンみたいにごろごろしていたヘクセンに声をかけた。
「はぁっ!! はいぃっ!! 何でございましょ!!」
「この子に相応しい名前を考えて頂戴」
と、言って子猫をヘクセンの前に突き出す。好きな割には扱いがぞんざいだ。…姉さんらしいが。
「これは!! 猫ですか!? いやぁん!! 生きてますよ!? これ!!」
当たり前だろ…誰が死んだ猫に名前を付けようとするんだ…。
「何か良い名前は無いかしら」
「そうですねぇ!! 『ヒヨリ』なんてどうでしょうか!! 嗚呼!! もう、何か内蔵機関が煮えくり返る名前ですねぇ!! 畜生にぴったりな名前ですよ!! あはははは!! ざまあ無いですね!! マスター!!」
「ふざけてるのかしら」
空気が凍る。
「すっ、すいませんでした!! 調子に乗りました!! 許してください!! 解体は勘弁してくださいませぇ!!」
「真面目に答えなさい」
姉さんが作ったAIだろうに…。
「そそ、それじゃあ『サリィ』など!! どうでしょうか!?」
案外まともな名前だ。
「何でサリィなんだ? 由来とかは?」
「ええ!! それはもう!! この猫の毛のもっさり具合が何とも、もっさりぃ…と、していたので!!」
「よりにもよって、そこかよ…」
聞かなきゃ良かった…。
「まあ、いいわ。それで」
おお、それでも姉さんが妥協した…。
「ふう、じゃあ、食事も途中だし、サリィはヘクセンが責任持って預かっておいて頂戴」
「了解しましたぁっ!! 全リミッターを解除して、完全武装でやらせて頂きます!! ミジンコ一匹生かしません!!」
「解体するわよ」
空気が凍る。
「出力98%カットでやらせて頂きますッ!! それはもう、国宝級文化遺産を扱う様な心構えで!!」
ホント、コイツは一回、解体したほうがいいと思う。俺は。
食事の後、俺の部屋の修理はものの30分で終わった。まあ、姉さんのやる事だから…不思議じゃ無い。
「さあ、聡。約束通り、マッサージをお願いするわ」
「了解…って、どこをマッサージすりゃいいんだ? 姉さん」
「そうね…腰と二の腕かしら。あと、ふくらはぎ」
「はあ、解った。どうせだから、ヘクセンも手伝えよ」
サリィを崇める様にして手に抱えていたヘクセンを呼んだ。
「私にマッサージをしろと!? いやぁ!! 解ってますねぇ!! 弟様!! 何しろ私には低周波マッサージオプションが搭載されてますから!! もう、マッサージは私のテリトリーと言っても過言ではありませんよ!!」
そろそろと床にサリィを降ろしたヘクセンは、ビシッとポーズを取り、身を仰け反らせた。
「そんなオプション、搭載した覚えは無いのだけれど」
姉さんの一言に、一瞬の沈黙。
「えええええ!! じゃあ、私が低周波マッサージ機能だとばかり思っていたコレは何ですかぁ!? 正体不明の振動兵器ですか!? 私は戦うために生まれてきたんじゃないのに!! あああっ!! 悲しいけどコレ、仕様なのよね!!」
「じゃあ、ヘクセンは足をお願い。聡は腰と腕を」
姉さんは聞いちゃいなかった。さっさとソファーにうつ伏せになってしまう。