非線型蒲公英-39
(…詰めが甘かったかしら…)
勝利を確信してはいたものの、正直、琴葉は油断するつもりなど無かった。むしろ、警戒していたと言ってもいい。
(それでも…あの子はまた、私の予想の上を行った訳ね…)
トリガーを押し込み、機銃が撃ち出される直前、即座に起き上がった『レーヴェンツァーン』は、殆ど機体の限界性能を発揮して、被弾による被害を最小限に止めていた。普通だったら、起き上がりこそすれ、回避など、到底出来る芸当ではない。ロクな回避もできない状態であれば、確実に先程の攻撃で動力部を撃ち貫いていたはず。なのに、あの機体は依然として動いている。この状況が、楽しみでないならば、悦びでないならば、一体何をもって悦楽だといえるだろうか!!
(最高、最高だわ…燐!! 貴女は私が知りうる限りでも最高の逸材…!! こんなに私を悦ばせる事が出来たのは、燐!! 貴女が初めてよ!!)
だが、ロクに武装も残っていない今の状況では、流石の燐にも対抗する手段は残されていないはずだった。残念だが、今度こそ終わらせる事にする。
(どうやら、受信装置に異常が出たみたいね…動きがぎこちなくて…まるで蜘蛛の巣で足掻く蝶の様…なかなか相応しい姿よ…燐)
必死に距離を取ろうとする『レーヴェンツァーン』を、確実に追い詰める『キルシュブルーテ』。それこそ、琴葉の表した通り、蜘蛛と蝶の様であった。
そして今、蜘蛛がまさに蝶に飛び掛らんとした、その時―――。
世界は、白に染まった。
『この『ステッキ』が発動できる、最強にして、唯一の攻撃魔法!! その名も『ヴァールフリューゲル』!!』
ヘルプお姉さんは、高らかにそう告げた。
「…というか、この杖が使えるのは、殆ど攻撃魔法なのでは」
という妃依のつっこみにもめげず、ヘルプお姉さんは続ける。
『ただし!! この魔法を発動させるには、ものすっごく大変な前フリが必要なのよ!! よって、ちょっと、ずるいけど、緊急事態なので…映像と音声を出力するから、それについてくるように合わせてね!! ファイトよ!! マスター!!』
お姉さんの声が途切れ、妃依の前には、例のフリフリコスチュームを纏った女の子の映像が現れた。
「…これ、やらなきゃいけないんでしょうか」
妃依が左右に視線を巡らす。猛と沙華はこくりと頷いた。
それでも妃依が躊躇していると、映像の少女は勝手に動き始めてしまった。
「…ああ、もう、どうにでもなれ…」
吹っ切れた妃依は、二人が見守る中、映像の少女の動きの後に続く。
『…光<リヒト>と闇<ドゥンケル>の狭間にて…』
音声が詠唱を開始した。妃依も後に続いて復唱する。
『…火<フランメ>より生じ、土<エルデ>と金<アウルム>と木<バウム>に育まれ…』
聞きなれない単語に戸惑いながらも、慎重に、しかし置いて行かれないようにして付いて行く。
『…水<ヴァッサー>と風<ヴィント>に支配された汝の銘は世界<ヴェルト>…』
まだか…いい加減、長すぎるのではないか…と、思いつつもやめる訳にはいかない。
『…其の銘において、彼の者を無<フェライテルン>の祝福によりて還せん…』
動きから、長い前フリはここで終わりなのだと、直感した。だから、後は唱えた。
「…ヴァールフリューゲルッ!!」
そのコマンドによって、今までで最大級の光の奔流が、杖の先端から迸った。