非線型蒲公英-37
いざ試合が始まってみると、それは凄まじいものであった。
燐操る『レーヴェンツァーン』と琴葉操る『キルシュブルーテ』が、互いに一定の距離をおいて向かい合い、疾走する。二機が円を描きつつ間合いを計っている状態だ。機動性で勝る『レーヴェンツァーン』は恐らく相手に合わせて出力を落としているのだろう。まずは全力を出さずに様子見と決め込んだ燐の判断は、間違いではなかった。
(間合いに入ってこない…まさか…あのスペックを見ただけで『キルシュブルーテ』の最大有効射程距離を算出したとでも言うの!?)
琴葉は驚愕半分、歓喜半分で、自分の右手に居る燐の横顔をちらりと見た。
(フフ…予想以上ね…でも、機体の性能は私の方が知り尽くしているという事を貴女に教えてあげる!!)
いきなり横移動をブーストの逆噴射で止め、斜め前方『レーヴェンツァーン』に突撃する。
(突撃…!? でも、腕部バルカンの命中精度は停止状態でこそ脅威ですけれど、移動状態では関節部への負担から、命中精度は大幅に落ちるはず…)
『キルシュブルーテ』のバルカンが火を噴く。が、燐の予想通り、それらはあらぬ方向へと逸れて行き、『レーヴェンツァーン』には掠りもしない。流れ弾が野球部の部室を直撃して、その壁の半分以上を吹き飛ばしたが、そこは現在問題にすべき点では無かった。
(これ以上接近されてしまっては…流石に命中精度云々の話ではなくなりますね…後退か、それとも前進か…)
その間十分の一秒。燐の下した判断は、一撃離脱であった。
(少々危険ですが…こちらも突貫します…!!)
『レーヴェンツァーン』の機動性出力を最大まで引き上げる。各部ブースターが歓喜の声を上げたように聞こえた。
(…2…1…今です!!)
『レーヴェンツァーン』は、右手に装備したマテリアル・チェーン・ブレードを横に流すように構え、機体をギリギリまで倒して前方に加速した。
(フフ、かかった…!!)
琴葉は『レーヴェンツァーン』が突撃の様子を見せた時点で、こみ上げる笑いを抑えるので必死だった。
(確かにスペックには搭載武装や、機動性、冷却性能等については記載しておいたけれど…)
今や二機の相対距離は…零となる寸前であった。頭上を雨あられと流れていく銃弾を交わし、『レーヴェンツァーン』のマテリアル・チェーン・ブレードが唸りを上げ『キルシュブルーテ』の右腕装甲に、接触―――。
その瞬間、『レーヴェンツァーン』はバランスを崩し、大きく後方に吹き飛ばされていた。
原因は、接触の瞬間に起きた爆発。しかし『キルシュブルーテ』の腕部に損傷は見られない。強いて言うなら、わずかに右腕部のボリュームが減った位だろうか。
しかし、その爆発の正体に、燐は即座に気が付いた。
(爆発反応装甲…!? そんな…!!)
爆発反応装甲―――ERAと呼ばれるこれは、衝撃に対応して装甲表面を爆破させる事で、そのダメージを相殺する装甲の事である。
(…スペックにはそんな記載は…まさか…わざと…?)
(…装甲については、記載してはいなかったわね…卑怯かもしれないけれど、ジョーカーは最後まで取っておく主義なの)
吹き飛ばされ、仰向けの状態で地面に転がる『レーヴェンツァーン』に銃口を向ける『キルシュブルーテ』。
「チェックメイトよ」
戦いが始まり、初めて琴葉が口にした言葉が、それだった。