非線型蒲公英-36
「…はぁ」
ここに来て、とうとうやる事が無くなった。操縦は私たちの中では燐ちゃんしか出来ないだろうし、この『ステッキ』はもう使いたくないし。
「のぅ、宍戸、滅入るから溜息はやめてくれんか」
うんざりといった顔で猛が言う。やる事が無い妃依と沙華と猛は、体育館の壁に背を預け、体育座りで校庭の様子を眺めていたのだった。
「でも、あのロボット凄いなぁ…琴葉先輩はどうやってああいうの作ってるんだろ」
沙華がぽつりと呟くが、そんな、世界七不思議レベルの謎は、作っている本人にしか判らないだろう。
「リンリン!! 次、キックしてみて、キック!!」
興奮したような悠樹の声が聞こえてきた。校庭の真ん中辺りで『レーヴェンツァーン』の動作練習をしている燐の隣で、さっきから次々と無茶なリクエストを出しているのだ。
「…聡先輩を、直接解放してあげるのは駄目なんでしょうか」
口にしてみると、何だかそれが一番簡単な事のように思えてきた。
「そんな勝手なことしたら琴葉先輩に何をされるかわかんないよ…?」
確かにそうだった。ぼんやりとしていたのでそんな事にも気が回っていない。何だか眠い。
「…そろそろ、二十分経つのう」
猛が古めかしい腕時計を見て確認する。
それからいくらもしない内に、校庭の、燐たちが居る場所から30メートルくらい離れた場所に黄色のサイレンランプが四角を描くようにして地面からはえてきた。
「…あれは…」
『何だろう』は、いくらなんでも愚問だと思ったので言い留まった。
サイレンランプで囲まれた区画がせり上がって、その下から姿を現したのは当然『キルシュブルーテ』と、その肩に座っている琴葉であった。
「…あんな仕掛けがあったんだ」
こんな状況では、この学校の地下全域が遊佐間琴葉のラボであると聞いたとしても、納得できてしまう。
「さあ、準備は出来たかしら?」
よく通る声で琴葉が言った。
「え、ええと、概ね理解は出来ました…」
燐の声は、遠くて、妃依達にはよく聞き取れなかった。
「いいわ。それじゃ、機体はそのままにして、私たちは操作位置に向かいましょうか」
言って『キルシュブルーテ』の肩から飛び降り、軽やかに着地する。
離れて見ていた妃依達も、動きがあった事を確認して、後について行く事にした。
「…今から、非常識な事が始まろうとしているのに、イマイチ盛り上がりませんね」
ボソッと呟く。
「そりゃ、ワシらの興味を引く内容ではないからのう」
「そうですねえ…」
やる気の無い(事実やる事が無いのだが)三人であった。
琴葉が向かった先は校舎屋上。確かにここなら校庭が一望できるので、ラジコン感覚の機体操作もやりやすいだろう。
ギャラリーにとっても絶好のポイントであったが、ここに来てギャラリーは、
「…あ、流れ星」
「え? どこどこ?」
「聞いてから探したのでは遅すぎるじゃろうが…それにしても、今夜は綺麗に星が見えるのう」
「…夜の屋上も、たまには良いかもしれませんね」
全く、校庭に注意を払っていなかった。
「そう、貴方達は私の機体よりも、星の方にご執心、という訳ね」
三人の後ろから夜空よりも昏い声が掛けられた。
固まり、ぎしぎしと後ろを振り返る三人。
「別に、悪いとは言ってないわ。ただ、あんまり上ばかり見ていると、流れ弾が飛んできても気が付かないかもしれないでしょう? 気を付けないと、ね」
撃つ気だ。本気だ。これは、警告だ。三人は本能から感じ取っていた。
「…べ、別に星に気を取られていた、という訳ではなく…」
「燐ちゃんの勝利を、ほ、星にお願いしようかと思って…」
「う、うおー、先輩の機体は漢の魂を揺さぶるのう!! も、燃えてきたわい…!!」
ぼろぼろと、ちぐはぐな言い訳をする三人。
「…まあ、いいわ。せいぜい、燐の応援をしてあげることね」
すたすたと、元居た場所に戻っていく。
「…はぁ…」
安堵の溜息など、久しぶりかもしれない。妃依はどきどきしながらそう思った。