非線型蒲公英-3
「何かおごるから、買い物付き合ってよ」
「…燐ちゃんのお金ですけどね」
「あ、あー、気にしないでおこう、な？」
妃依が短く溜息をついた。
「…何を買うんですか」
「食い物」
「…それは、まあ、良いんですけど」
「？」
「…何故私が付き合わないといけないんですか」
「なりゆき」
「…はぁ」
「それに、荷物持ちかな？」
どすっ！
妃依の鋭い肘が鳩尾にヒットする。
「…聞こえませんでした」
「ぐぉぉ…、だ、だってほら、力強いし…」
ばごし！
素早い蹴りが脛を襲う。
「…聞こえませんでした」
「ぐおぉ…！ …死ぬ」
「…ふざけてるなら、帰りますよ」
「わ、悪気があった訳じゃないんだ、ごめん」
「…はぁ、じゃあ、さっさと買いにいきませんか、早く帰りたいんで」
「は、はぁーい」
ひよちゃんに対してイニシアチブを握れる人類は、きっと悠樹だけだろう。きっとそうだ。そうに違いない。
「…で、何所へ買い物に行くんですか」
「え？ コンビニ」
…はぁ、と、妃依が呆れたように溜息をつく。
「…偏りますよ、栄養」
「いいの、いいの。母さんがアレなせいで、ウチの食卓にはコンビニの食い物しか並ばないし、つか、手料理なんて食ったこと無い」
それを聞いて、同情と呆れみの混じった表情をする妃依。
「…なら、作ってあげましょうか、食事」
「……え？」
「…迷惑なら、別に」
「うわわわわわ、迷惑なわけ無いじゃん!! 是非作って!!」
「…は、はぁ。じゃあ、コンビニじゃなくて、スーパーに行かないと。材料も無いんですよね」
「うわー、凄い。手料理なんていつ以来だろ、楽しみだー」
「…え、手料理は食べたこと無いって、言いませんでしたか」
「あ、いや、ちゃんとした手料理は、ってこと」
「…なら、誰が作ったんですか、そのちゃんとしてない手料理って」
「悠樹だ」
妃依は、あー、やっぱり、と少し複雑な感情。
「あー、あれはマズかった。口に入れただけなのに、死んだと思ったもん、ホント。あれ以来あいつの作った物は毒にしか見えないね」
「…そ、そんなに壮絶なものだったんですか」
「匂いが普通なだけに、かえって怖いね。要人暗殺にでも役立つんじゃないか？ あの技能」
「…私はそこまで酷くは無いですけど、あまり期待されるような物でも無いんで」
「でも楽しみだなぁ」
「…ふふ、そうですか」
いい雰囲気だった。二人の世界だった。だから、二人を見つめる四つの目にはまったく気が付いたふうも無かった。
「美咲ちゃん、美咲ちゃん。あれ、どう思う？」
眼鏡をかけている方、荻原香奈がひそひそと小声で言った。
「興味深い」
すらりと背が高く、長い黒髪をポニーテールにしている方、坂上美咲がやはり小さくボソッと呟く。
「何だか男女の組み合わせって怪しいよね、背徳的よね」
「私は男同士の方が萌える」
「もー、そんなの当たり前すぎー」
「そうか？」
「たしかに、猛君が司君を襲ったりしてたら、もう…（妄想中）…すごいわー!!」
「うん、萌えるな」
「場所は部室で、『司、わしがお前を男にしてやる』って!! やーん!!」
「攻めるのか？」
「案外、受けだったりしてー!!」
「私はその方がいいな」
「美咲ちゃんって、そのテの好きだよねー」
「そ、そうか？」
「って、あー!! ひよりんとさとっちはどこ?!」
「う、不覚」
結局、見てただけだった。