非線型蒲公英-27
ひよちゃんと沙華ちゃんが作っていたのは、やはり、こういう場では定番のカレーであった。
身も心も、文字通り冷え切った俺にとっては、至上の味に思えた。
「うまっ、美味い…!!」
感動の余りもうそれ以上語れなかった。
「…感動しすぎです、いくらなんでも」
「そうだよ、お兄ちゃん。料理漫画じゃないんだから…」
「聡君…私の料理はそんなに美味しそうに食べてくれなかったのに…」
悠樹が悲しそうに言う。
「当たり前だ!! あんなのを口にしてリアクションが取れるか!! 人間には無理だ!!」
（…そんなに凄い物なんだ）
と、妃依は思った。
「あぁ、お前の弁当さえ食わなければ、ここに和馬が居ただろうに」
聡は大仰な仕草でそう言った。
「え？ 兄さんが？ どうして…って、まさか？」
「そうだよ、和馬が意識不明になったのはコイツの作ったモノを食ったからだ」
一瞬の沈黙。
（…そこまで、酷いモノだったんだ…）
妃依ですら軽く戦慄した。
そして、ここに居る全員（悠樹以外）が『悠樹の作ったものは口にしないようにしよう』というシンパシーを感じた。
しかし、二十秒ほど経過し、やたら皆が（恐怖の余り）黙り込んでしまっているので、責任を感じた聡は、何か話題を振る事にした。
「と、ところで、燐ちゃんはスプーン使わないの？ 箸でカレーは食べ辛くない？」
「いえ…そんなことは。慣れていますから、こちらの方が使いやすいんです」
「へぇ…前から聞こうと思ってたんだけど、燐ちゃんの家ってさ、デカイお屋敷だったり、庭に池とかあったりする？」
「あ、あの…それは、どの様な意味でしょうか…？」
「つまり、和風お嬢様なのかな…って」
「どうなのでしょうか…？」
燐は困ったように首を傾げた。
「え？ お兄ちゃん、燐ちゃんの家、知らないの？」
「あ、うん…知らない」
「凄いんだよ…!? うちの何倍も広くて…」
「そ、そんなことはありませんよ…」
「…燐ちゃんの家、学校の屋上からでも見える、あの大きいお屋敷でしょ」
妃依の記憶が確かならば、昼休みに屋上で景色を見ながら呆けていた時に見たことがあるはずだ。『…うわ、凄いお屋敷』とか、感心したのを覚えている。
「へぇ…そいつは凄いね…」
「…そういえば、今日の昼休みに屋上で景色を見てたら、聡先輩の家跡（クレーター）が見えました」
「へ、へぇ…そりゃ…さぞかし珍しい光景だったろうね…はは…」
身に付けているものがタオル一枚でカレーを食べている今の聡の姿も、なかなか珍しい光景である。
「それより、飯を食うた後はどうするんじゃ？ 何かするアテはあるのかのう」
カレーに醤油を継ぎ足しながら猛が言った。
「…そんなに、味に不満がありましたか」
妃依は質問には答えず、行為の方に冷たい声を放った。
「あ？ いや、カレーと言ったら醤油じゃろうが」
「…意味不明なことを…まぁ、いいですけど」
「何するか…って、人生ゲームは却下な」
一応、釘を刺す聡。
「他に、うちに何かあるかなー…あ!! 兄さんの部屋にＴＶゲームがあるよ？」
「ああ、知ってる。けど、奴は一人プレイのゲームしか持ってないから没」
「そ、そうなんだ…確かに、兄さん友達少なそうだしね」
「言ってやるな…沙華ちゃん…」
「…別に、全員が参加できる事をしなくても…私はテレビでも見てますが」
「あ、じゃあ、私もそうする!!」
「それもそうじゃな、このままでは部活と何も変わらんからな。ワシも見たい番組があるしの」
「つーか…人ん家に泊まりに来て、皆でＴＶ鑑賞ってのもどうなんだろうなあ…」
つくづく変わっていると思う。