非線型蒲公英-24
HRが終わったので一緒に部室にやって来た、同じクラスの湖賀燐と笹倉沙華は部室の扉の前で立ち尽くしていた。
理由は二人、異なるものであった。
燐、曰く、
『悠樹先輩が…真面目なお顔で将棋を…?!』
沙華、曰く、
『お、お兄ちゃんが渋い顔で黄昏てる…!!』
それらは、彼女らにとって、異常であった。まるで異世界の風景のようですらある。
「…何をしとるんじゃ…ヌシらは…」
「ひゃ!」
「うわ!」
後ろから急に声を掛けられて驚き、二人揃って後ろを振り向くと、巨漢の姿があった。
濱野猛である。
「あ…猛先輩…こんにちわです」
どこか複雑な表情の燐が、軽く会釈し挨拶をする。
「うむ…それよりヌシら、戸の前で何を突っ立っておったのだ?」
怪訝顔で猛が聞いてくる。
「えーと、お兄ちゃんが…変だったから…」
「わたくしは…悠樹先輩のご様子がおかしかったもので…」
猛は二人の説明に太い首を捻り、どれ、とばかりに扉の窓から中を覗いてみる。
「…こりゃ…どうしたことじゃ…? 天災の前触れか…?」
猛は戦慄した。
「お兄ちゃんのあんな渋い顔、妃依ちゃんに鳩尾を打たれた時以外で見たこと無い…」
「わたくしも…悠樹先輩のあのように真面目なお姿は…拝見した記憶が御座いません…」
「どちらも異常じゃろう…」
こうして、猛までもが扉の前に立ち尽くし三人で『う〜ん…』などと唸っていると、部員の最後の一人がようやくやって来た。
「…何やってるんですか、扉の前に固まられると邪魔なんですが」
本日はクラスの掃除当番だった宍戸妃依である。先輩もいるのに随分な言い方だ。
「おお、宍戸か…いや、中が妙な事になっとってな…」
神妙な顔で猛が言う。『…はぁ』と、自分も部室の中を確認してみた。
「…別に…普通じゃ無いですか、先輩達が何か」
「で、でも、悠樹先輩が将棋を…」
「…不思議なことじゃないと思う、ここ将棋部だし」
「お兄ちゃんがあんな渋い顔してるし…」
「…よく見る顔だけど」
『…』
(やっぱり、妃依ちゃんは違うなぁ…)などという事を二人が考えていると、妃依が勢いよく部室の戸を開けた。
「…こんにちは」
背後で三人が見守る中、妃依は何も怖じず、声を掛けた。
「あ、ひよちゃん…こんちわー…」
「ひよちゃんか…うっす…」
覇気がない。8割引くらいだろうか。
「…何でそんなにテンション低いんですか、お二人とも」
「一人で将棋してたら…泣きたくなって来たの…うぅ…」
成るほど、確かに、見ていても切ないが…。
「…聡先輩は…」
「いや…なに、己の無力さに打ちひしがれていただけの事、さ…」
こちらの人は明らかにオカシイ。変なことを口走っている。
「…変な物でも、食べたんですか」
「ふ、そうかもね…」
「…キャラ、変わってますよ」
本人に聞いても要領を得ないので、悠樹に聞くことにした。
「…聡先輩、何かあったんですか」
「えーと…? めずらしく先輩風を吹かせたのに、つかさ君を助けてあげられなかったから、落ち込んでるんだよ、たぶん」
「…はぁ、司君、ですか」
その名前を聞いて、少し今朝の事を思い出したが、まぁ、今更どうでもいい。
「…それが、香奈先輩と美咲先輩がらみのことなら諦めたほうが」
「確かに、そうだろうさ、奴らには敵わない」
「…解ってるなら、何故そんなに落ち込んでるんですか」
すると聡は、ふっ、とニヒルな笑みを浮かべた。
「やってるうちに、このキャラいいな、とか思ったのさ…」
「…馬鹿ですか」
「意外と、いいと思わないかい…ひよちゃん」
「…気色悪いです」
「ちょっと、和馬君のキャラとかぶってるよ?」
悠樹にまで冷静につっこまれた。
「ああ!! そうだろうよ、俺も気付いていたよ!! 畜生!!」
逆切れした。
「…はぁ、化けの皮剥がれたり、ですね」
「ねぇ、それはそうと、猛君とサヤちゃんとリンリン、そんなところで何してるの?」
入り口にいた三人は、ただ呆然と、己の愚かさを噛締めてこう思った。
―――やはり、こんなオチか…と。