非線型蒲公英-19
「あー、よく寝た…」
聡が目を覚ますと、周りには誰もいなかった。というか、半径三メートルの範囲には机も無かった。
「な、何やってんだよ…お前ら」
三メートル先から引きつった顔でこっちを見ていた連中に声をかける。
「…」
無言の返答。
「何だこれ、新手のいじめか?」
「違うよ、先生とのぞみちゃんと高沢君が飛んでったから、みんな近寄らないんだよ」
唯一、近くにいた悠樹が答える。
「は? 訳が分からん」
「えーと、聡君を起こそうとした人がね、ふっ飛ばされちゃって、体育館に落ちたの」
要領を得ず、外を見る。確かに体育館の屋根には真新しい穴が空いている。
「…俺を、起こそうとして、吹っ飛ばされた…?」
そして、そのフレーズがどうにも引っかかった。
「まさか…」
と、天井を見上げる。すると、彼の予測した通りの物がそこにはあった。
「や、やっぱり…姉さんの仕業か…」
天井のスプリンクラーの横に備え付けられた、奇妙な形をした放水ノズルの様なモノ。製作者である聡の姉、琴葉が言うには『安眠妨害者排除マシーンエクセレントvar.2.0031』という装置である。どういった仕組みなのかは全くもって不明だが、取りあえず、聡を起こそうとした人間を吹き飛ばす装置らしい。
姉さんと言えば…家が吹き飛んでから全く見かけていないが…まぁ、姉さんに限って巻き込まれて死んだ、何てことはないだろう。もともとあまり家には居ない人間だし。どこかで今の状況を高みの見物、とでも洒落込んでいるに違いない。肉親(特に俺)の不幸が幸せという歪曲した性格だからな姉さんは。現に今、俺は困ってるし。俺以外の人間を狙って、俺に責任があるように仕向けるとは…相変わらず陰湿だ…。
「え? 琴葉姉さん? へぇ、あれも琴葉姉さんの発明品なんだぁ…」
そういえばこいつ、昔から姉さんに可愛がられてるよな…肉親の俺より…。
「まあ、いつまでもアレを付けておくのは、クラスの連中に悪いし、取り外すか」
ちら、と周りを見る。視線が痛い。
「どうやって外すの?」
悠樹に言われて、よく観察する。
「た、確かに。アレはどう見ても天井に溶接されてるな…。どうやって取り付けたんだよ…姉さん」
姉さんのすることの九割は俺にとって理解不能だ。その理解できる一割といっても、呼吸とか食事とか睡眠とか位のものだ。
「へし折ったりしたら(姉さんが)激怒しそうだし、第一、自己防衛機能が付いてないとも限らないしな…」
「じゃあ、やっぱりこのまま?」
「仕方ないだろ、俺、アレに撃たれるのは嫌だ」
すると、遠巻きに見ていた和馬がこっちに近づいて来た。
「聡…既に犠牲者が三人も出ているのに、このまま放って置くというのかい?」
「あ? …そういや、先生と委員長と高沢がどうたら…って言ってたな、大丈夫だったのか? 奴ら」
「まぁ、奇跡的に生きていたけどね、ロナルド先生がクッションになったお陰で」
「いや、それじゃロナルド先生は無事じゃないだろ…」
「でも『ノコリニンズウガ、ヒトリヘッテシマイマシタ、ホキュウシマス』って、緑色のキノコを食べながら元気そうに言ってたよ?」
茸を食うジェスチャーを交えて悠樹が言う。
「な、何だそりゃ…」
とりあえず、深く考えてはいけない気がする。