非線型蒲公英-16
「そうだ、遊佐間。ひとつ頼まれてくれないか?」
「あ? 何をだよ」
「このカメラであのあたりを撮ってきてくれ」
と言って美咲が指差したのは、男子の一団が戯れているエリア。
「何が悲しくて、野郎なんかを撮らなきゃならんのか…」
「私が行きたいのはやまやまなのだが、目立ってしまうからな…」
何故か恥ずかしそうに軽く俯く美咲。
「あは、美咲ちゃんて、人見知り激しいからー」
「は? 嘘だろ…?」
にわかには信じがたい事だったが、確かに言われてみれば、初めて会った頃はもっと物静かな印象が強かった気がする。
「そ、そういう訳なのだ、頼む」
そう言って、俺に押し付けるようにデジカメを差し出した。
「ねー、頼まれてよ、資料が必要なのよ、助けると思って、ねー?」
「面倒だし、第一、野郎なんか撮りたくない」
「後で美咲ちゃんと私を好きなだけ撮ってもいいからさー」
「う…」
この条件にひどく心惹かれるのは何故だろう、いや冷静になれ、俺。
「好きなだけって、際どいアングルやら、ポーズやらはアリなのか?」
ああ何聞いてるんだろ。実はやる気満々なのか…俺。
「んー、美咲ちゃん、いいよね?」
「ああ、資料のためだ、多少の恥辱には耐えよう」
「そ、そうか、じゃあ、少しなら撮って来てやろうか…」
姉さん、僕は弱い男です…。
「じゃあ、はいこれ、カメラ。よろしくー!」
カメラを手渡すと、二人は行ってしまった。嗚呼、引き受けてしまった…。
「さて、誰を撮ろう…」
とは言ったものの、既に被写体は決めていたのだが。
カメラを後ろ手に隠し、プールの一角へ移動する。
「おお、いたいた、和馬君、和馬君。ちょっと来たまえ」
パシャパシャと泳いでいた和馬に、俺は片手でおいでおいでをした。そんな俺の様子に明らかな警戒の色を見せる和馬。
「な、なんだい? いつになく怪しいよ? 聡」
「友人の君を見込んで、ちょっと、頼まれて欲しいんだ」
すーっと、1メートル離れる和馬。
「ごめん、僕、忙しいから無理だよ」
「あー、そうか、アレを沙華ちゃんにばらしてもいいのか、そうかぁ」
その一言に青ざめる和馬。
「ち、ちょっと待ってくれよ、何のことだい?」
「ああ、頼まれてくれれば言わなくてすむんだがなぁ、こんな恐ろしい事」
「く…君は一体何を握ってるんだ…聡…」
もの凄く嫌そうな顔で、しかたなくプールサイドに上がってくる和馬。
「やってくれるのか、そうか、よかった」
「それで、何をすればいいんだい…?」
諦めたように力なく言う。
「ああ、これで、撮られてくれ」
と言って、カメラを見せる。すると即座に、底の浅いプールでは危険な飛び込みまでして引いてくれた。
「そこまで引かなくてもいいじゃねぇか」
して、十秒ほど待ったが、なかなか水面から顔を出さない。
「…逃げられた…?」
チッ、と舌打ちをして、水中を移動する影を探す。あっさり発見。
「さて、と」
俺はビート板を用具室から持ってきて、奴が息継ぎをする瞬間を待った。
「…ぷはぁ…」
来た。今だ。俺はビート板をサイドスローで思い切り投げた。狙い違わず和馬の額にクリーンヒットする。
「いだぁっ!!」
「無駄だ、プールの中にいる限りは袋のネズミだ。俺のビート板からは逃れられない」
ビート板を人差し指と中指で挟み(かなりつらい)意味不明の決め台詞を言ってみた。
「わ、分かったよ…撮られるよ…」
観念したのか再びプールサイドに上がってくる和馬。俺も改めてカメラを構えて考えてみる。