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アイカタ
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アイカタ―――後編-5




ネタを終えて舞台袖に引き返して来た時、俺はかなり頭に血が昇っていた。


「絶対に優勝したい」という思いでいつも以上に緊張していたのはもちろんやけど、想定外のハプニングに激しく動揺したというのが一番の原因やと思う。



原因は―――シーナのアドリブや。



こういうコンクールでは、採点の公平を期すため、ネタが規定の時間をオーバーするとその時間に応じて結構な減点を食らう。


せやからたいがいは皆、制限時間ギリギリいっぱいの台本を作り、わずかな間の取り方から息継ぎのタイミングまで、細かい時間配分を気にしながらネタを演じる。


限られた時間内で他のコンビより一つでも多く笑いをとるために、皆必死なのだ。


ところがシーナは、この大事なコンクールの舞台で、ネタが始まるやいなや俺にアドリブをふってきたんや。





『―――いやぁ〜キングスパイダーがどっかんどっかんウケてたから、なんややりにくなったなぁ!そう思わへん?』



ただでさえアドリブに苦手意識のある俺が、このシーナの暴挙に激しく戸惑ったのは言うまでもない。


『……あ?ああ、せやなぁ。僕らも負けへんように頑張っていかなあかんな』



俺としては、あいつらの名前も聞きたくない気分やったし、サラッと流してネタに入ろうとすると、どういうわけがシーナがそれを強引に遮ってきた。



『なぁケンタ!―――お前ぶっちゃけキングスパイダーどう思う?!』


―――え?何言うてんねんコイツ。


そう思ったが、深く考えてるヒマもなく尚もシーナが食い下がってくる。


『お前、さっきそこであいつらにアドリブ下手やとか言うて思いっきりけなされてたけど―――どうなん?ムカつかへんの?』


ネタか本当かわからないようなシーナの言葉に、客がざわざわっと笑った。


『えっ……えぇっ?そら………まぁムカついたけど………』


―――ってこれ……ツッコミの俺がこんなこと言うてもうたらマズいんちゃうん?


誘導尋問みたいに言わされた言葉に後悔して、ますます焦りが増す。


しかしシーナのほうは、たちの悪いイタズラを思い付いたガキ大将みたいな顔でニヤニヤと笑いながら、俺の顔を覗きこんできた。


『――せやろ?!俺知ってんねん。お前キングスパイダー嫌いやろ?』


『――――は?お前舞台の上で何言うてんの?』


俺が素(す)で動揺する姿に、大きな笑いが起きた。


練り込まれたネタではない、裏話のような展開に客がかなり興味を引かれているのがわかる。


せやけどこれ、どう収拾つけんねん。俺もう知らんで。


『隠さんでもええやん。嫌いやろ?特に神谷が』


―――なんやねんコイツ。俺をハメたいんか?


俺もうは破れかぶれで本音をぶっちゃけてやった。


『―――ああそうや!ムカつくよ!特に神谷がな!』


またドッと笑いが起きる。


『な?やっぱりそうやん!』


俺が怒れば怒るほど、シーナの表情は楽しそうになる。


『こんなん誘導尋問やわ!こんなとこで変なこと発表さすなよ!―――だいたいお前は何を根拠に言うてんねん』


もはやネタというより日常会話や。
客にはかなりウケていたけど、俺はシーナの真意がわからずに混乱していた。


するとシーナは、俺の顔をじいっと見ながら、嬉しそうにこう言い放ったんや。


『お前――――神谷に俺を盗られたないんやろ?』


客席はどっと笑ったが俺はドキッとしてシーナの顔を見た。


『せやけど俺、ああいうシュッとした男前より、素朴なゴリライモみたいな顔が好きやから安心してええよ』


必要以上に俺をなだめるようなシーナの言い方に、また笑いが起こった。


『だ……誰がゴリライモやねん!そもそも神谷にそういう趣味あれへんやろ』


俺はやっと余裕を取り戻して、ツッコミらしくフォローに回った。


『ま、俺のアイカタはお前だけっちゅうことやん!』


言いたいことを言って満足したのか、シーナはニヤッと嬉しそうな笑みを浮かべた。



――――シーナはわかってたんや。
神谷の思惑も、俺の心配も。



それをあえて「苦手や」とけなされたアドリブの中で、俺と神谷に伝えようとしてくれたシーナの心意気が嬉しかった。



やっぱり………俺の相方はシーナや。
お前以外の相方なんか考えられへん。


そう思ったら泣きそうになって――――そっからはもうどのネタがどれだけウケたんかも、ようわからへんようになったんや。


気がつけばあっという間にオチで、俺たちは割れんばかりの拍手に背中を押されるようにして舞台を降りていた。


無表情の係員がやって来て、俺達を控え室に戻る通路へと押し出した。


舞台では、もう次のコンビの紹介が始まっている。


俺たちは急に居場所を失って、薄暗い通路をひたひたと歩き出した。



笑いは結構取れていたと思う。


拍手もたくさんもらえたし、最後まで噛まずにやり切ることが出来た。


大丈夫や。
大丈夫なはず……や……けど。



「なぁ………俺らって―――ウケてたん?」


言い知れぬ不安に駆られ、間抜けだとは思いながら俺はシーナにそう尋ねた。


シーナは立ち止まって、少しの間真顔のまま沈黙していたが、ふっと俺の目を見ると、満面の笑みを浮かべながらこう言った。



「―――良かったんちゃう?俺、今までで一番楽しかったもん」



「………そか」



愛すべき相方の発したその一言は、何故か俺に心からの安堵を与えた。



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