アイカタ―――後編-4
「―――アイツら、ウケてるみたいやな」
シーナが今まで見たこともないくらい厳しい表情で舞台のほうを見る。
「………今は………しょうもない挑発に踊らされてる場合ちゃうねん」
熱い眼差しから、漫才に対するシーナの真剣な思いがビンビン伝わってくる。
シーナ………。
お前ほんまは――――「漫才続けたい」って思ってるんちゃうん?
その想い抱えたまんま、医学部なんかに進学してもええんか?
漫才が好きなんやろ?
やりたいんやろ?
ほんなら俺が―――お前の悩みを断ち切ったるわ。
絶対に優勝勝ち取って、お前が進むべき道をハッキリとわからせたるよ。
会場からまた更に大きな笑いが起こった。
「――あーあ。こりゃ今回もキンスパに持ってかれたかなぁ。あいつらレベルが違うわ」
俺らの後ろにスタンバイしているコンビの一人が、ため息をつきながら頭を掻いた。
俺らは負けへん。
―――いや、負けられへんのや。
「ジャッカスさん―――そろそろスタンバイお願いします」
スタッフが俺達を誘導しにやって来た。
「よしっ――行くで」
「―――おう」
ベニヤ板で出来たセットの裏側に回ると、ちょうどネタを終えたキングスパイダーが舞台からはけて来たところだった。
余程の手応えを感じたのか、神谷の顔は充実感で紅潮している。
「―――ハハッ!悪いな。ちょっと盛り上げすぎたか?お前らには気の毒やったな」
ほんまこの男は……言うこといっちいち腹立つわ。
またついムカッとくる俺をたしなめるように、シーナが俺の肩をポンと叩く。
「おん。ようウケてたやん。俺らも頑張るわ」
シーナが素直に褒めると、神谷はますます気をよくして調子に乗ってきた。
「まあお前らはせいぜいトチらんようにな!おたくんとこのツッコミ――――アドリブが全然アカンみたいやから」
神谷があからさまに俺を攻撃するような言葉を吐いた途端、それまで冷静やったシーナの表情が一変した。
なんとか作っていた愛想笑いが完全に消えて、今にも神谷に噛みつきそうな凶暴な顔になっている。
「は?――そらおおきに。早口でほとんど何言うてるかようわからへんかったけど、必死で客あっためてもろてご苦労さんやったな。俺らの前座としてはまあまあやわ」
「――――シ、シーナ」
予想以上の痛烈な毒舌に、俺はギョッとして思わずシーナの顔を見た。
「――なんやとコラ!どういう意味じゃ」
神谷の後ろから相方の猪田がいきなりシーナに殴りかかってきた。
卑屈なトカゲを連想させる陰険な目がますます凶悪な光を放っている。
そこに素早く神谷が割って入る。
「―――やぁめとけや、猪田」
シーナと神谷が正面から睨み合うような格好になった。
「―――俺ら今から本番やねん。あんましイラつかせんなや」
挑発に乗るなと俺に言っていたはずのシーナが、完全にキレてしまっている。
「おいっ―――お前なんやねん!」
猪田が神谷を押し退けてまたシーナに殴りかかりそうになった。
「猪田!―――お前はカンケーないねんからでしゃばらんでええねん。お前は俺の言うことだけハイハイ聞いといたらええっていつも言うてるやろ」
ナルシストで軟弱そうなイメージとは裏腹の迫力で、猪田の腕をつかんでギリギリと捻上げる神谷。
その冷ややかな表情は完全に相方を見下しているように見えて、俺はなんだかひどく嫌な気分になった。
「―――行くでケンタ」
シーナが俺の腕を引いて神谷たちの横をすり抜ける。
「……スマンな。俺がキレたわ……」
俺に背中を向けたまま、ばつが悪そうにシーナが呟く。
―――謝らんでええ。
謝らんでええよ。
俺―――お前の相方で
―――ほんまによかったわ。
「―――それでは、昨年の準優勝コンビに登場していただきましょう。ジャッカスのお二人でーす」
司会者が俺達の名前を呼んだ。
会場から拍手が湧き起こる。
「っしゃ………ヤるで!」
シーナがニッと笑って俺を振り返る。
「―――おうっ」
俺達は気持ちを確認するように頷き合い、スポットライトの中へ飛び込んでいった。
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