アイカタ―――後編-10
「―――嘘やん」
「嘘ちゃうって」
「………なんで………?」
「なんでて……俺が……だいぶ前に言うたし……」
もはや唖然を通り越して茫然とする俺に、シーナは本気で心配そうな顔になっている。
「いや……前にお前んち遊びに行った帰りに、たまたま真弓ん家の前で親父さんに会うてな。『お前ら将来漫才師になるんやろ?』って親父さんのほうから言われて……」
「お、親父さんのほうから?」
確かに真弓の親父さんは俺らが漫才やってるのを知ってたし、ネタを見に来てくれたこともある。
せやけど、まさか俺らが本気で芸人目指してることを、親父さんが気づいているとは夢にも思てへんかった。
「……ほ、ほんで?」
「あ?……うん。『将来真弓が食いっぱぐれへんように、お前らには一流の漫才師になってもらわんと困る。もし万が一あかんかったら、ケンタには本田鉄工来てもらうつもりやけど……そうならへんように頑張りや』言うて応援してもろたんやけど……まさかお前……親父さんとまだそういう話してへんの?」
「してへんというか……そもそも俺、親父さんとゆっくり話す機会もなかったし……」
そこまで言うて、俺は真弓の親父さんが焼肉を食べていけとさかんに誘ってくれていたことを思い出した。
「…………マジか…………」
自分がやらかした失敗の大きさに、顔から血の気がひいていくのがわかった。
別れたばっかやのに、ちゃんと応援しに来てくれた真弓。
この大きな花束は、俺らが優勝すると信じてくれてたからに違いないんや。
今更ながら、自分が知らないうちに真弓や親父さんの愛情に支えられていたことを思い知らされる。
「俺……行くわ」
床に叩きつけられてボロボロになった花束をひっつかんで、俺は弾かれたようにソファから立ち上がった。
「おう。頑張れや」
シーナがニヤニヤしながら手を振る。
くそー。こうなったんはそもそもお前のせいやぞシーナ!
この間抜け野郎!
いや―――間抜けは俺か?
もう知らんわ。しゃあない!
俺らは二人揃って「ジャッカス」や。
俺らは、今までも、これからも、ずっと「ジャッカス」なんやから。
ロビーを一直線に突っ切って外に飛び出し、駅の方へ向かって俺は走り出した。
数十メートル走ったところで、横断歩道の向こう側を速足で駅に向かうポニーテールが見えた。
昨日と同じ焦げ茶色のダウンベストに、真っ赤なコーデュロイのショーパン。
見慣れた後ろ姿が、やけにいとおしく感じられた。
「真弓!」
全速力で追いかけながら名前を呼ぶ。
どっから話したらええんやろう。
お前に聞いて欲しい話がいっぱいいっぱいあんねん。
今までの勘違いの話、今日のコンクールの話、それに、これから先の夢の話―――。
その話には、シーナの名前ばっかし出てくるけど、それは堪忍してくれよ。
シーナは、俺の一番大事な――――「アイカタ」やから――――な?
END