ミドリガメ症候群-1
群合う二匹のミドリガメ。
なんて可愛い。
狭い水槽から、どんな風に私を見ているのやら。
途端、堅い甲羅の中身を知りたい衝動にかられる。
鮮やかな緑。浮き立つように輝く。中身はさぞかし美しいだろう、と。
動物病院で働くSの話では、亀の手術は、ノコギリで平たい腹の甲羅を切断。
薄皮をそっと切りながら甲羅を剥がして、眠る亀の大切な中身を暴くとか。
生涯人の目に触れぬ物を、眠る間に隅々まで点検されるのはどんな気分だろうか。
目覚めた時には、接着剤で元通りに接合された甲羅。何事もないようで、昨日までとはまるで何かが違うと、己を恥じてみせるだろうか。
亀の瞳が私を飲み込んでしまおうと大きく開かれたので、私は水槽を離れた。僅かに一口残ったマッシュルーム入りのスープを、一気に飲み干す。
女の腕が、私に絡み付いてきた。柔らかい裸体の感触が背中にへばりつく。心地よさに身を任せて、瞳を閉じる。私の瞳が、ミドリガメを飲み込む番だ。
「ねえ、ねえったら。アタシの方、見てよ。」
甘ったるい声が鼓膜を揺るがして私の頭に広がっていく。鈴のように響く。
私は体の向きをかえて女を捕らえた。
柔らかい肉が私の指の腹を押し返す。このまま皮膚を侵して中身に触れたい。女の体は、シーツにとけ込むように白く、美しい。
「この体には、何が隠されているのかしら。」
私は女の胸の膨らみを撫でながら言う。
女は、両足を開いて見せた。口を開けたむきだしの内蔵が呼吸をしている。
桃色の粘膜は溶けた飴細工の様にねっとりと輝き、これが薄い皮膚に守られた女の中身であるならば、女の体というものは、やはり、なんと愛しい物だろうか。
女は亀ではないから、大切な美しい宝物を、(決まって媚びを売る目つきで)いとも簡単にちらりと覗かせてみせる。
見せびらかして、濡らし、中までかき回されるのを待っている。
「ああ…ああ…。」
女のあえぎは性器の奥から、私の指を呼ぶ懇願の声だ。もっと奥まで知って欲しいと。
けれども、私もまた女であるのだから、女の体をこじ開け、奥に隠された物がなんであるか暴いてやる事は叶わないのだ。
指も、舌も、どれほど女を悦ばせても宝物には届かない。
「男にここを開かれている時は、どういう気持ちなの?」
「…そうね。欲しいものが、ようやく手に入った様な、空っぽが満たされる感じ。でも、その時だけよ。やっぱり男は男ね。あなたといる方が心地よいの。」
女は顔を赤くして、はあはあと息をはきながらそう言った。
私は息をはくにあわせて揺れるその口を指で開いて覗いて見る。探したのだ。女の体の空っぽを満たしてみたかったから。
ふいに、風が通る冷たい感触がして、私は顔を上げた。隣の女は一瞬に青ざめる。
男がいた。ドアを開いたものの、入り口から動かない。顔を赤くし、振るえていた。
「お前は、なんてことを!女と…なんてふしだらな!」
「ごめんなさい。あなたごめんなさい…。」
「………!」
「……」
喧噪が、電波の悪いラジオの様に途切れ途切れ、私の耳を浸す。殆どは雑音で、黒い影を帯びながら、私の周りをぐるぐると回る。
それは蠅の大群だった。まとわりつく、不快な羽音。けれど私は動じない。きっと先ほど飲んだスープのせいだ。
蠅の固まりをかき分け男が近づいてくる。
私の肩をつかむ。押し倒す。私の体をこじ開ける。
顔にたくさんの蠅がくっついているのに、男はお構い無しに私の中身を探る。
ふと見た姿見に、映ったワタシ。私は思いがけず笑ってしまった。
だって、ほら、裏返されたミドリガメの様に、間抜けな格好じゃないか!
──生涯人の目に触れぬ物を、眠る間に隅々まで点検されるのはどんな気分だろうか。
何事もないようで、昨日までとはまるで何かが違うと、己を恥じてみせるだろうか。──
―end―