「完全武装した何者かの追跡」-1
後ろをちらっと見て,あまりの恐怖に激しい鼓動を感じた。
大きな黒い犬を連れて,年齢性別不詳の人物がわたしの後をついてくる。
ただものではないことは一目瞭然。
NASA仕様かもしれない。
銀色に輝く宇宙服のような上下つなぎの衣装。
フードをかぶり,さらにひさしのついた帽子をかぶっている。
顔には深海にもぐれそうなゴーグル。
そして,大きなマスク。
この下にどんな色の顔があるか想像も出来ない。
大きな犬に歩調を合わせているからか,わたしとの距離は縮まっていく。
走ろう。最近は思いがけない,いろいろな事件が起こっている。
自分の身は自分で守らなければならない。
今,わたしは大変な場面に遭遇しているみたい。
逃げよう。速く。
離れよう。早く
拉致かもしれない。
誘拐かもしれない。
もしかしたら,テロかもしれない。
ああ,なんてこと。後ろの人物も走り始めた。
泣きたくなる。命だけは助けて。お願い。
走りつづけた。後ろを振り返り振り返り、半泣きで走りつづけた。
走っても走っても後ろの人物との距離は開かない。
顔にかかった髪の毛を振り払う。
スカートが脚にまとわりつく。
高めのヒールが恨めしい。
わたしの靴音が鳴り響く。
…もうだめ。大きく肩で息をしながら立ち止まった。
足音が近づく,犬の匂いがする。本当にもうだめ。おしまいかもしれない。
叫びたい。「助けてー!」だけど声が出ない。
「なかなか速いですね。」
「……え」
「あなたが走るのでこの子が喜んじゃって,
わたしもいい運動になりましたよ。
さあ、ベル行こう。」
犬の頭を撫でて行ってしまった。完全武装した何者か。
もしかしたら…あの人…花粉症??