B-9
「さて…と」
夕方。学校から子供逹を送り出した雛子は、職員室で難しい顔になった。もう1つの問題。和美の家に、家庭訪問するのだ。
和美の父親は、この村役場の助役で、雛子が赴任した当初に大変世話になっていた。故に少なからず負い目を感じている事が、問題を複雑化している。
(どうしたら…)
雛子とすれば、全てを穏便に済ませたいのだが、それも相手あっての事だ。どう展開するか分からない。
一点を見つめて思考を巡らすが、答えなど出ない。そんな時、雛子の肩を誰かが叩いた。
「どうしたんです?そげな怖い顔して」
高坂だった。
「い、いえ。何でも無いんです」
雛子は悟られまいと取り繕おうとしたが、それは見透かされていた。
「前も云いましたが。ああたがそげな顔するのは、生徒の事じゃと?」
「ええ、そうなんです…」
雛子は、うなだれたまま云った。すると高坂は小さく頷くと、
「だったら、自分の思おたままに行かれるべきですが」
「でも…」
進言に対して、雛子は1歩が踏み出せない。どうしても不首尾に終わった場合を考えてしまう。
しかし高坂は、根気よく雛子を説得しだした。
「あまり難しく考えんと、思うた通りやりゃあ」
「でも、それで上手くいかなかった場合が…」
「なあに。そん時やぁ、私が行きますから」
「そんな!駄目ですよ」
「云うたでしょう、私は“土のう袋”だって」
高坂の温かい気持ちに触れて、雛子の中で、ある種の覚悟が生まれた。
「校長先生!私行きます」
「頼みましたよ、河野先生」
吹っ切れた思いで、職員室を後にする雛子。見送る高坂は、にっこりと笑っていた。
ところが、事態は意外な展開を見せた。
「家の馬鹿息子が、先生にえらいことを云うたそうで」
父親の椎葉は開口一番、そう云って雛子に頭を下げたのだ。
「あの…その…」
すっかり拍子抜けしてしまい、どう対処していいのか困っていると、
「ワシは常日頃云うちょるんですわ。弱きを助け強きを挫く人間になれって。ところが、せがれのやっちょる事は逆ですわ」
そう云って嘆く。どうやら椎葉には“子は親の鏡”が当てはまらないようだ。