B-3
(確かに。最近の哲也くん、最初とは比べ物にならないくらい、お喋りしてくれてるし…)
その時、ひとつの答えが導かれた。
(あれこれ考えちゃダメだわ。私の方からお願いしないと…)
ようやく何をすべきかまとまった時、窓から見える朱色は群青に変わりつつあった。
「いっけない!」
雛子は着替えるのも忘れ、野良着のまま自宅を飛び出した。
「ずいぶん、暗くなっちゃったな」
辺りを見渡す雛子の眼は、少し怯えていた。
「一応、提灯とマッチもあるから、大丈夫よね…」
自分に云い聞かせるように不安をごまかそうとする。群青色に染まった村。唯、小学校の前と、村役場近くを照らす外灯を除いては。
庄屋の家を照らす外灯だった。
夕方行った狭道へと足を踏み入れた。奥へと進むにつれ、藪が深まり、提灯の明かりも先に届かない。
(昼間とは…大違いだわ)
何処からケモノがわいて出てもおかしく無い雰囲気。長野の生活から10年余り、久しぶりに味わう緊張感が身体を駆け巡る。
(あっ、あれかしら?)
少し奥まった辺りで、仄かな明かりを見つけた。明かりをかざして目を凝らした。
「これは…」
夜に慣れてきた目は、目の当たりにした光景に驚きを隠せなかった。
カヤ吹きの屋根は、穴が空いて捲れ上がり、土壁は漆喰も剥がれて、中の竹格子が露になっている。そして、和紙を重ね貼りしただけの粗末な入口の戸も。
そこは、ずいぶん昔に小作が住んでいた小屋で、廃家になっていたものを庄屋が住処として与えたものだった。
(こんな処に…)
雛子はたじろいだ。家は、全ての人間を拒むかのような様相を醸していたのだ。
「ご…ごめんください」
意を決して入口の戸を叩いた。が、中からは何の応答も無かった。
「あの!誰かいらっしゃいますか?」
さらに大きな声で何度も訪ねるが、相変わらず何の音も聞こえない。
(まだ、帰ってらっしゃらないのかしら…?)
雛子は、戸に耳をあてて中の様子を伺おうした。
すると、
「誰だ!?おめえは」
突然、後ろからキツい声が飛んできた。雛子の顔が、驚きでひきつった。