B-2
「ふう…」
大と別れて自宅に帰った雛子は、ちゃぶ台の前でひとり、ため息を吐いた。
これから会う哲也の母親との面談を考えると、なかなか考えがまとまらない。
(どうしよう。厳しい方みたいだし…)
辛い状況ながらも清貧を貫く姿勢。当たり前の事なのだが、なかなか出来ることではない。
唯、その高潔な部分に、雛子は惹かれた──父親の影響なのだろう。
(そんな方が、私みたいな若輩者の意見など聞いてくださるかしら…)
そう思うと、もうひとつの心配事が頭をよぎり、不安な顔になった。
(それに、和美くんとの事もあるし…)
あの事態に出会した時、彼女は心底驚いた。良かれと思ってやった事なのに、それを快く思わない生徒もいたのだから。
だとすれば、彼女がこれから始めようとする事も、どう捉えられるか分からない。下手すれば、今度は哲也のみならず、母親をも傷付けてしまう事になりかねない。
雛子の頭の中に、父親の顔が浮かんだ。
それは、彼女が大学に通い始めた頃。自分が小学生の時、何故、沢山の子供逹を家に招いて、頻繁に催しをたのかを訊ねたのだ。
父親は少し考えると、一言々を確かめるように語った。
「あれは、施しだ」
「ほ、ほどこし…?」
雛子は耳を疑った。絶対だと信じる父親の言葉とは思えなかった。
しかし、父親はゆっくり頷くと語りだした。
「教え子の中には、“持てぬ者”に育てられる子もいる。それらに施しを与えるのは、当然の事だ」
「でも、それって…」
合点がいかない雛子が口を挟もうとすると、父親は「まあ、まて」と右手で制した。
「施しは所詮、“持てる者の自己満足”でしかない。但し、そうで無い場合もある…」
雛子を見る眼が、柔らかみを帯びる。
「そのひとつは、仲間との集いにかこつけて与える事」
そこまで云うと、父親は優しく微笑んだ。
「もうひとつは、労働の──手伝いの報酬として与える事だ」
あの時は、聡明さにただ々感激したが、
(私なんか、まだまだだわ…)
同じく教師となり同様の状況に出会すとは、ついぞ考え得なかった。
そう思うと、改めて父親の偉大さを感じ、己のいたらなさに落胆のため息を吐いてしまう。
雛子は、思い出から現実へと思考を切り替えた。
(でも、大くんのあの顔…)
哲也の話をする大の嬉しそうな眼。それに最後の一言は、心情を必死に訴えていた。
──あの頃の哲也にしてくれ、と。
それは、彼女の中にも有った。