B-12
「雛子。仲良くするのは良いが、深追いはするな」
いつもは父親の言葉を鵜呑みにする雛子だが、この時は訊き返した。
「どうして?」
「いいか。その土地にはその土地のしきたりが有る。そこは、よそ者である私達は入って行けないんだ」
あの時は無理矢理納得させられたが、今考えれば当たり前の事だ。
「私が“よそ者”で無くなるには、何年かかるのかしら…」
そんな陰鬱さが漂わせていると、突然、玄関が勢いよく開いた。
「先生ー!」
哲也の声だった。
(いっけない!忘れてた)
雛子は立ち上がり、玄関口へと急いだ。
「いらっしゃい!」
「…先生、どうかしたの?」
現れた雛子を見るなり哲也が云った。子供は敏感だから、微妙な変化にも気づく。
「何もないわよ?どうして」
「なんだか、暗いから」
「そんなに?」
「う、うん。何となく」
いくら笑顔を繕っても、見抜いてしまうのだ。
「ごめんね。もう大丈夫だから」
雛子は気持ちを切り替える。
「それより、お母さん、まだしばらく帰らないでしょ?」
「今は、田植え前だから遅いって」
あの日に決めた事を実行する機会だ。
「だったらさ。先生ん家で待ってなさい」
「ええ!?」
驚く哲也。だが、雛子は至って真面目だ。
「鯉を頂いたお礼もあるからさ。ほら!」
そう云って哲也を招き入れると、夕食を一緒に摂り、風呂に入れてやった。
そして帰り際に、風呂敷に包んだある物を手渡した。
「先生、これ何?」
哲也は、不思議そうに風呂敷を眺めている。
「おにぎりと玉子よ。帰ったら、お母さんに渡して」
「こ、こんなの貰えないよ!」
拒否しようとする哲也。雛子は、その手を握ってにっこり笑った。
「頂いた鯉のお礼よ。気にしなくていいから」
優しい笑顔に、哲也は何も云えなくなった。
「じゃあ、もらってく」
「気をつけてね」
哲也は帰って行った。笑顔で見送っていた雛子は、急に真顔になった。
実績作りの1歩目は踏み出した。後は、明日から続けて行く事だ。
(見守っててよ、お父さん…)
雛子は、決意の顔で夜空を見つめた。
「a village」B完