B-11
「こんにちは。ここ、ヨシノちゃん家の田んぼ?」
「そうだ」
「いよいよ田植えね」
「今度の日曜からだ」
水の張られた田んぼの中では、代掻きの最中だった。
春先に、牛で犂(すき)を牽かせて田を起こし、僅かな草さえも残さず取り除いて、今日の日を迎えるのだ。
とろとろになるまで土と水が練られ、濁った水が水路に流れ込んでいた。
「大変ね、日曜から」
雛子が、笑みを向けた。
しかしヨシノの方は、笑みがぎこちない。
「うちは、父ちゃん、母ちゃん、じいちゃん、婆ちゃんが居るからええが、こいつの…貴之ん家は、父ちゃんと婆ちゃんだけだから…」
ヨシノは、背中におぶった赤ん坊に目を向けた。
「そうか。貴之くんのお母さん、病気がちって云ってわね…」
雛子は、ヨシノとわかれた。
(ここにも問題が…)
米作りには、沢山の人手が必要だ。子供さえも、大事な担い手だ。
しかも稲刈りは村中、ほぼ同時期と決まっているので、田植えも同じ様に行う必要がある。
人が足りている農家はよいが、担い手が少ない農家は田植えが終わらず、周りに迷惑かけてしまう。
だから、夜明け前から夕暮れ時を迎えても、田植えに従事する必要に迫られる。
無事、田植えが終わると、寝込んでしまう農家も有るという。それほど、過酷なのだ。
様々な問題を抱えた美和野村。夕陽に照らされた景観は、美しさを湛えているのに。
雛子は帰宅した。
「ただいま…」
気分は晴れない。この数日、色んな事を考え過ぎて、精神的に参ってた。
「ふう〜」
いつもの、ちゃぶ台の前でごろ寝。風呂に洗濯、夕食の準備が待っているのだが、何もやる気になれない。
頭の中で、父親との思い出が浮かんだ。
長野に疎開してひと月ほど経った頃、いがみ合う同級生の存在があった。
雛子は両方と仲は良かったので、理由を訊いてみた。
するとこの2人、いがみ合うのは自分達の代からではなく、もっとずっと昔からだと云うのだ。
雛子には理解出来ない。先祖代々、反目しあっている事が理不尽で仕方なかった。
その事を父親に話してみると、意外な答えが返ってきた。