続・せみしぐれ〜color〜(後編)-1
私は、今でも待ち続けている。
あの夏、2人が出逢ったこの場所で。
もう一度、あの日の蝉時雨を聞きたくて。
「あ、目ぇ覚めたか?」
…ぼんやり滲んでいた景色が、徐々に輪郭を現す。
白く霧がかかったような頭の中で、それでも懸命に考える――が。
「…ここ…どこ…?」
見慣れない天井。
知らない家の匂い。
「ここは、うちがやってる民宿だっけ、心配しないでようお休み。…あんた、まだ熱が下がっとらんのよ」
声の主は、私の額に乗っていた濡れ手ぬぐいを外し、冷たい水で絞りなおしてから再び額に戻してくれた。
「あ、あの…」
優しい笑みを浮かべる年輩の女性。
「あんたの熱は、その身体中にできた傷が原因だと。そんなたくさんの傷、どうして拵えたんかね」
(…傷…から熱…?)
「あっ――…!!」
一瞬にして頭の中の霧は晴れ、現実がフラッシュバックした。
そうだ、私…。
今日は夫が泊まりがけの出張で、週末にはお義父様が主催するパーティーの予定があって。
『僕の嫁ともあろう者が、みすぼらしい格好はやめてくれ』
そう言う夫に従って、ひとり、夫が注文していた洋服を受け取りに、久しぶりの外へ出てきた私。
昨晩も夫の暴力は止むことを知らず、激痛が襲う身体を引きずりながら用事を済まし、ようやく駅に辿り着いて――…。
「あれ…?それから…」
「倒れたんだよ、あんた。駅の改札口でね。ちょうど、そこを私とうちのお父ちゃんが通りかかってなぁ。身元はわかんねぇし、身体中痣だらけで熱は高いし、病院さ運ぼうとしたんだけっど…あんた、譫言のように『止めてくれ』言うもんだから、お父ちゃんがあんた担いで、うちさ連れてきたんだ」
(…うわぁ、そんな事態になっていたとは…)
「すみません。ご迷惑をお掛けしまして…」
「そんな事は気にせんでいいけどな。でも、あんた、それから丸二日も眠り続けてたんだよ」
「――えっ!?」
一気に、全身の血の気が引いた。
脳裏に、殺気走った瞳で私を探す夫の姿が浮かぶ。
「か、帰らなきゃ私!あぁ、どうしよう…二日も…」
また、殴られる。
恐怖のあまり、人前だということも忘れてパニック状態の私は、寝かされていた布団から飛び起きた。