続・せみしぐれ〜color〜(後編)-27
「千波ちゃん!あんた、水撒きはお父ちゃんの仕事なんだから、やらんでもいいって言ったっしょ〜」
「あ、おばちゃん」
「まぁったく、あのジジィはさっさか出掛けちまったってのに…。ホラ、暑いから切り上げてお茶にしよ」
「うん!」
十年経っても、おじちゃんは仕事をさぼるのがお得意で、おばちゃんの小言も相変わらずで。
ここは、柔らかい温もりに溢れている。
「はぁ〜、夏ももうすぐ終わりだねぇ」
縁側でおばちゃんと二人、冷たい麦茶で喉を潤す。
「今年も暑かったね〜」
見上げた空は抜けるように青くて。
遠く、山の向こうに顔を出す夏の名残の入道雲。
「…あんたがここへ帰ってきて、もう七年か。早いもんだね」
扇風機からの風に、少し白髪の増えたおばちゃんの髪が揺れた。
七年前の初夏。
夫と別れられた開放感に浸る間もなく、私には現実の波が押し寄せてきていた。
頼みの綱だった松下との縁を切ってしまった娘に、実家は、その理由が何なのかを知ろうともせずに勘当を言い渡し、行く当てもなく電車に乗り込んで――辿り着いたのは『さくらだ』だった。
本当は、もっとしっかり自立して、一人で生きている姿に自信が持てるようになった頃、帰ってこようと思っていたんだけれど…。
情けなくてごめんなさい…と、泣きながら謝ったら、おじちゃんもおばちゃんも泣きながら、一人でなんか生きていかなくていいんだ…って、そう言ってくれたんだ。
とりあえず、あの時の『無銭飲食代』を支払うために働き出した私だったのだけれど、おじちゃんが、用意できた金額をいつまでも受け取ってくれないのを理由に、ここに住み着き時は流れた。
「…フフッ。そうだね、あっという間だったよ。あ、おばちゃん!今年の夏祭りはいつになったの?」
「あぁ、今週末だってさ。雨で延期になっちまったからね。…そう言えば、あの子は元気かねぇ?ホラ、あんたと同じ時期にここに来ていた玲ちゃん」
――心臓が、止まるかと思った。
「毎年、年賀状はくれるんだけど…。たまには、顔出せばいいのにねぇ」
久しぶりに聞いた懐かしい名前に、その後のおばちゃんの声が耳に入らない。
『ほんの少しだけ、さよなら』
そう告げた相模くんとは、結局、あれから一度も逢うことはなかった。
笑顔。
寝顔。
ふてくされた顔。
長い指。
私を、呼ぶ声。
あの日の――温もり。
…全て、何ひとつ忘れることはなかったけれど、自由にならないこの身を抱え、無情にもただ時間ばかりが流れる日々。
ようやく自由の身となってからは、会いたくて会いたくて、何度も駅へ向かったのだけれど…。
過ぎてしまった数年間を知るのが怖くて、今の彼が誰といるのかを見るのが怖くて、私の足は、ついに電車の扉を越えられないまま、気がつけば十年が過ぎた。